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2013年10月17日 (木) | Edit |
 「自分で考える勉強法」シリーズの57回目。

 このところ,「文章論」について述べています。
 前回,「まとまった文章を書くための考え方」として,「長編の文章も,じつは短い断片の集まりである」ということを述べました。今回は,その「断片」を「ひとつの作品」として書く,ということについて。

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 先日(10月14日)のshin36aさんのブログ ろくろくさんじゅうろくaで,この「勉強法」シリーズの記事:とにかく完成させる を,引用・紹介していただきました。

 この記事は,「とにかく,書きかけた文章を完成させよう」という内容でしたが,ご自身もその考え方で決算や税務などに関する長文の記事(経営者としての体験に基づく迫力のある記事です)を書きあげたとのこと。
 自分の書いたものが,ある種の刺激になったのだとしたら,ほんとうにうれしいことです。
 
 また,当ブログについても「カテゴリーごとに非常に興味深い内容をわかりやすく書かれている」「面白いんで訪問してみてください 何か得るものがあると思います」と,強くオススメしてくださいました。ありがとうございます。

 shin36aさんのブログとは相互にリンクさせてもらっていますが,お互いブログ以外では見知らぬ仲。shin36aさんも書かれていましたが,ブログをしなかったら出会うことのなかった方々と接点を持ち,刺激を受けられるのは大きな楽しみだと,つくづく感じます。

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 こんなふうに,細々でも何かを書きつづけていると,ときどき読者の方から声援をいただくことがあります。

 shin36aさんからの声援より少し前(9月末)には,ウォーリックさん(ブログ:阿鼻叫喚)から励ましのコメントをいただきました。ウォーリックさんも,ブログを通してのみ存じ上げる方。

 当ブログについて「理路整然と,それでいて読者を意識したスタイルで,難しいことを平易に置き換えて」いる,「読者フレンドリーなブログ」「得るところの多い記事の数々」……であると。

 独自の世界で多くの読者を得ておられるブロガーから,そのようなお褒めの言葉をいただき,感激しました。

 こういううれしさは,何年経っても憶えています。
 これまでに,励ましの言葉をくださった何人もの方々のことも,思い出されます。みなさん,ありがとうございます。

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コラムを書いてみよう

 論文や一冊の本は,断片の集まりである――ということは,「1000字」程度の断片を書けることは,まとまった文章が書けるようになるための,重要なステップなのです。

 そこで,断片を書く練習をしましょう。
 「1000字」程度で完結する作品を,いくつも書いてみるのです。具体的には,500~1000字くらいのものを書くといいでしょう。「天声人語」などの新聞のコラムは,600字前後です。

 「コラム」という言葉が出ましたが,「500~1000字で書いてみよう」というのは,じつは「コラムを書いてみよう」ということなのです。

 コラムとは,ここで言う「断片」くらいの短い論説文のことです。論説とは,一定の事実・対象について,説明や意見を述べたものです。

 何でも題材にできるのが,コラムという形式です。ただ,小説のようなフィクションではなく,自分の心象(心の動き,イメージの世界)を中心に表現するのでもない,ということです。
 身の周りのこと,人生論,時事問題,科学,芸能・スポーツ……堅いことも柔らかいことも,コラムの題材になります。本や音楽などの批評にも,コラムとして書かれたものが多くあります。

 これは「エッセイ」と言ってもいいかもしれませんが,そう言うとかなりの人は身辺雑記などの,いかにも文芸的な文章を連想するようです。ここで「書いてみよう」と言っているのは,そういうものに限りません。だから,「コラム」と言うほうがいいでしょう。

 文章修業でコラムを書く効用は,評論家の福田和也さんが述べていることです(『ひと月百冊読み,三百枚書く私の方法②』PHP研究所 2004年)。大学の先生でもある福田さんは,ゼミで学生にコラムを書かせています。

 福田さんによれば,コラムを書く利点はつぎの三つです。

《①短いので,文章のすみずみまで神経を行き渡らせることができる。 ②人に読んでもらえる……③書くという前提で,事物に接する姿勢を育てることができる。》(同書47ページ)


 これは,自分のことを振り返っても,その通りだと思えます。「私が言う文章の断片とは,要するにコラムのことだ」と気がつきました。以下は,福田さんの論を下敷きにしています。

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 コラムという形式には,いろんな長所があります。まず,初心者にも完成できる長さであること。それも,ちょうどいい長さ。

 文章の世界には,もっと短い形式もあります。たとえば「アフォリズム」という,短いものだと数十字以内で「深いこと」「気の利いたこと」を書く形式もあります。でもあまりに短いと,制約が多くて初心者にはかえってむずかしいです。だから,500~1000字くらいがいいのです。

 その長さなら,書くときに細かいところまで気を使えます。ていねいに書き,推敲する練習になります。
そして,その長さだと「読者を得やすい」ということがあります。一息で読めるので,多くの人がつき合ってくれるのです。

 「読者を得やすい」というのは,いろんな需要がある,ということです。
 つまり,いいものが書けたときに,雑誌(ミニコミ,ウェブ上の媒体含む)などに載せるチャンスがあります。当然ですが,大論文よりも短いコラムのほうが,掲載されやすいです。ブログの記事にも,適しています。

 二十代の私は,長い文章を書いてもなかなか人に読んでもらえませんでした。そこで三十を過ぎてからは,読んでもらえるように短い作品を書くことを,長い文章に取り組む一方で始めました。

 私の場合,それは歴史上の偉人・有名人について,400~500文字で紹介する――しかも単なる紹介ではなく,短くてもひとつのまとまった読み物にする,というものでした。これは,コラムの一種と言えるでしょう。そういうものを何十本か書いたのです(のちに100本以上書きました)。

 このコラム――『四百文字の偉人伝』(当初は『三百文字の偉人伝』)は周りの人に好評で,「読んでもらえる」手ごたえがありました。参加していたNPOによるミニコミの出版物にも載せてもらえました。そして,のちには商業出版にまでこぎつけたのです(この本と同じくディスカヴァー・トゥエンティワンから電子書籍として発売中。このブログにもシリーズとして一部を掲載)。

 何のテーマでもいいから,コラムを書いてみましょう。
 そして,人に読んでもらいましょう。
 それを何度もくり返すと,文章がかなり書けるようになっています。書くことの初心者を卒業できています。


(以上)
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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
はじめましてshin36aさんのブログから来ましたノブノブと申します。

歴史が大好きなので読みいってしまいました。
中心点の移動に焦点をあわせる歴史、楽しいですね。
人類は何かを発明する役とそれを巧く活用する役が違っていて、そのおかげでバトンが繋がれてきたんでしょうね。
まだ過去記事の途中までしか読めてないので今後も頻繁におじゃまします。

よろしくお願いします。
2013/10/18(Fri) 01:45 | URL  | ノブノブ #-[ 編集]
こんにちは。
私ごときのコメントを引用までしていただき、本当に
恐縮しております。
引き続き拝読させていただいております。今後の展開に
更なる期待を込めて!
2013/10/18(Fri) 15:10 | URL  | ウォーリック #-[ 編集]
ノブノブさんへ
 ノブノブさん,はじめまして。コメントありがとうございます。
 おっしゃるように「何かを発明する役」と「それを巧く活用する役」のちがい,両者のあいだのバトンタッチということは,世界史をみるうえで大事な視点だと思います。これからの世界をみる上でも重要だと思っています。そこまで踏み込んで読みとっていただけるとは。
 これから,その視点も打ち出していくと思いますので,今後もおつきあいいただければ,うれしいかぎりです。
 これからもよろしくお願いします。
2013/10/18(Fri) 21:19 | URL  | そういち #-[ 編集]
ウォーリックさんへ
 ウォーリックさん,ありがとうございます。 
 あのとき,「多くの読者を惹きつける,力のある書き手」に褒めていただいたのが,とにかくうれしかったので,記事にしてしまいました……
 今後ともよろしくお願いいたします。
 
 
2013/10/18(Fri) 21:36 | URL  | そういち #-[ 編集]
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