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2014年01月10日 (金) | Edit |
 1月11日は,実測による日本地図をはじめてつくった人・伊能忠敬の誕生日です。そこで彼の「四百文字の偉人伝」を。古今東西の偉人を400文字程度で紹介するシリーズ。

 伊能忠敬の偉業は,中高年になって隠居して以降の取り組みによるものです。
 彼が隠居したのは49歳。若いころその話を読んだときには,「ずいぶん年をとってから新しいことをはじめたんだなー」と思いましたが,今は自分もその年代になってしまいました。
 そうなってみると,49歳は「そんなに年寄りでもない」とも感じます。

 ただ,昔の49歳と今の49歳は「年寄り度」がちがうのでしょう。
 「今の人間の年齢(年寄り度)は,昔の人の8掛け」という話を読んだことがあります。
 逆にいえば「昔の人間の年寄り度は,今の人の1.25倍(1÷0.8)」ということか。まあ,これといった根拠はないのでしょうが,私もそんな感じがします。
 だとすると,伊能忠敬のころの49歳は,今でいうと49×1.25=61歳くらい,ということですね……


伊能忠敬(いのう・ただたか)

哲学的な関心からはじまった

 江戸時代後期のこと。裕福な酒造家だった伊能忠敬(1745~1818)は,49歳で隠居したあと,本格的に天文学や測量の勉強をはじめました。
 そして,55歳から17年の間に,10回にわたり測量遠征を行って日本地図作成に取り組み,73歳で没するまでにほぼ完成させたのでした。初の実測による日本地図です。
 でも,忠敬が測量の研究をはじめたのは,「日本地図がつくりたかった」からではありません。
 もともと彼がやりたかったのは,日本ではまだ知られていなかった「地球の大きさ(子午線の長さ)」を測ることでした。
「地図の作成」という実用的な目的ではなく,「地球の大きさ」という「世界観に関わること」を知りたいという動機で,彼の仕事ははじまったのです。
 このように,実用を離れた哲学的な関心から,実用にも役立つ大きな仕事が成しとげられることはあるのです。

渡辺一郎著『伊能忠敬の歩いた日本』(ちくま新書,1999),伊能忠敬研究会編『忠敬と伊能図』(アワ・プランニング,1998)による。

【伊能忠敬】
 実測による最初の日本地図の作成者。はじめて日本列島のほぼ正しい地形を明らかにした。17歳で現在の千葉県佐原市の旧家のムコ養子になり,49歳で隠居。翌年江戸に出て第二の人生に入った。
1745年(延享二)1月11日生まれ 1818年(文政元)4月13日没

***

 「四百文字の偉人伝」は,古今東西のさまざまな偉人を,400文字ほどで紹介するシリーズ。このブログでときどき載せています。(カテゴリー:四百文字の偉人伝
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ジャンル:学問・文化・芸術
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