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2014年02月23日 (日) | Edit |
 前回の記事(すぐ下)で,「都内の公共図書館でアンネ・フランク関係の書籍が破られるという被害が発生している」というニュースに寄せて,『アンネの日記』の一節を紹介しました。
 「アンネ・フランクとは」についても「ナチス・ドイツのユダヤ人迫害の犠牲になった少女」である等,ごく簡単に述べました。

 今回は,そもそも「ユダヤ人とは」ということを述べます。ほんの入門的な話です。でも,「こっそり常識を知る」にはいいかと。

 これを書いているとき(今日の午前中です),妻に「何しているの?」ときかれて,「ユダヤ人の歴史を書いている」といったら,「あんたは幸せな人ね」といわれました。「いいオヤジが興味のおもむくまま,好きなことをしている」というなら,たしかにそうです。

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 まずユダヤ人とは,「ユダヤ教徒もしくはユダヤ教徒の親を持つ者」と考えればよいでしょう。要するに,ユダヤ人≒ユダヤ教徒。これには,ユダヤ人の生まれでなくても,改宗してユダヤ教徒になった人も含みます。
 また近年は,ユダヤ人の家に生まれ育ってもユダヤ教を信仰しない人も増えているそうですが,この定義だとそういう人も「ユダヤ人」ということになります。

 つまり,ユダヤ人とは「人種」や「血統」のグループではなく,宗教(やそれに付随する文化)における集団を指すのです。「ユダヤ人」といわれる人たちの肌や髪の色,顔だちや身体的特徴は,さまざまです。

 以上要するに,ユダヤ人とは「ユダヤ教の文化的伝統に属し,そこに自分のアイデンティティ(自分が自分であることの根拠)を自覚する人たち」と定義できるのではないかと思います。

 たとえ今現在はユダヤ教の信仰から距離をおいていたとしても,ユダヤ教徒の家の出身であれば,「ユダヤの文化への帰属」ということを,自分の中で大切に思っている人もいるでしょう。そういう人は,上の定義だと「ユダヤ人」ということになる。

 ユダヤ人は,世界各地に1000数百万人いるといわれています。
 特定の国をつくるのではなく,世界各地に分散していて,しかし全体として一定の「共同体」といえるつながりを持った集団であることが,その特徴です。

 ただし,第二次世界大戦後は,中東の一画に「イスラエル」という国を「ユダヤ人国家」として建設しました。このことについてはあとで述べます。

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 では,ユダヤ教とは何か。

 ユダヤ教は,世界最古の(現在も続く)一神教です。今から2000数百年前に,今のシリア・パレスティナの地域で成立しました。

 一神教とは,「唯一絶対の神を信仰する宗教」のこと。その対義語は「多神教」です。仏教や日本の神道は,たくさんの神仏が存在する,多神教。

 一神教の代表は,キリスト教とイスラム教ですが,ユダヤ教は,これらの宗教の源流です。
 キリスト教(紀元1世紀成立)は,ユダヤ教から分かれて成立したといっていいですし,イスラム教(600年代成立)は,一神教としてのキリスト教やユダヤ教の考え方をベースにしています。

 今の世界で最も有力な宗教というと,キリスト教とイスラム教でしょう。それらはいずれも一神教であり,その源流をさまのぼるとユダヤ教に行きつくのです。ユダヤ教というのは,世界史のなかできわめて重要な存在なのです。

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 ユダヤ人は,遠い古代(今から3000年くらい前)に遡ると,自分たちの国を持つ,典型的なひとつの「民族」といえる存在でした。古代のユダヤ人の王国は,今のパレスティナ地方にあり,一時期はおおいに繁栄しました。現在のイスラエルは,その地域に建国されているのです(それが大きな問題を生んでいることは後述)。

 ユダヤ教の原型は,その「ユダヤ人の王国」で生まれ,信仰されました。

 しかしその王国は,紀元前700年代には周辺の大国によって征服されてしまいます。その後も「古代のユダヤ人の王国」があった地域には,さまざまな大国が興亡していきますが,ユダヤ人はそれらの大国に従属する一集団として生きていくことになります。

 そして,従属・支配下に入っても,それぞれの時代の「大国」の主流に溶け込んで消滅することなく,ユダヤ教の信仰を維持したまま,「異端の集団」として存続していったのです。

 なぜ,ユダヤ人は「主流」に吸収されることなく,自分たちの独自性を守り続けたのでしょうか? 

 ひとつの視点として「ユダヤ教の教えが,古代の時代には最先端の高度な思想だった」ということがあるでしょう。一神教が「高度」というのは,現代において最も力を持っている宗教(キリスト教,イスラム教)が一神教であることからも,いえると思います。(なお,筆者は信仰を持たず,どの宗教とも無関係です)

 古代においては(のちにキリスト教があらわれるまでは),「一神教」は(ほぼ)ユダヤ教だけでした。あとの民族は,たとえばギリシア人もローマ人も多神教です。これは,宗教としては土俗的で「素朴」といえるものです。少なくともユダヤ人の目にはそう映ったはずです。

 ユダヤ人は「自分たちは,素朴な観念を乗り越え,高度の真理に到達した特別な存在である」と考えました。「選民(選ばれた民)思想」というものです。選民思想を持つ集団は,多数派に溶け込むことを拒否するものです。

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 ユダヤ人が属した古代の大国の代表は,紀元1世紀ころから5世紀ころまで繁栄したローマ帝国です。ローマ帝国は,地中海全体を取り囲み,東ヨーロッパ・中東・北アフリカ・西ヨーロッパにまたがる超大国でした。

 キリスト教は,紀元1世紀に,ローマ帝国領の,ユダヤ教の中心地であるパレスティナ地方で生まれました。

 キリスト教は,ユダヤ教に反抗する一種の「宗教改革」として,ユダヤ教の「分派」のようなかたちで成立したといえます。だからユダヤ人は,キリスト教の「聖書」のなかでは,「イエス・キリストと対立し,迫害を加えた存在」とされています。これがのちにキリスト教徒によるユダヤ人差別の根拠となっていきます。

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 「古代ユダヤ人の王国」が滅亡して以降,古代の大国・帝国のなかでのユダヤ人は,「非主流」「異端」ではありましたが,だいたいのところ,ひどい差別を受けることもなく,社会のなかでそれなりの地位を得ていました。

 しかし,西暦300年代末にキリスト教がローマ帝国の唯一の公認宗教になってからは,様子が大きく変わります(キリスト教は,ローマ帝国内に広がりはじめた当初は「異端の少数派」として迫害を受けましたが,その後勢力を拡大し,ローマ帝国の「国教」となったのです)。

 これ以降,ユダヤ人は,さまざまな権利をはく奪され,公職(国や地域での役職)からも追放されました。このあたりから「ユダヤ人への差別・迫害」の歴史が本格的にはじまったといえます。

 その後,ローマ帝国の繁栄は終わります。ローマ帝国の西半分(西ローマ帝国)が体制崩壊したり(西暦400年代),今の中東を中心にイスラム教の国ぐにが成立したりしました(600年代以降)。

 西ローマ帝国の跡地には,数百年かけて今のヨーロッパ諸国の原型が成立していきました。ローマ帝国の繁栄以後,つまり一般に「中世」といわれる時代のユダヤ人は,ヨーロッパ諸国とイスラムの国ぐにのなかで生きていくことになりました。

 そこでは,とくにキリスト教の世界であるヨーロッパでは,ユダヤ人は差別や迫害を受けることになります。社会で何らかの災害や不安が生じると多数派の人びとから暴力や略奪を受けることもくりかえされました。やや緩やかですが,イスラムの国ぐにのなかでも,ユダヤ人への差別や権利の制限はありました。

 すると,ユダヤ人の多くは「より迫害の少ない国や地域」を求めて動いていくことになります。
 ひとつの場所で安心して暮らしにくいので,そのような移動がくりかえされるわけです。ユダヤ人の大多数がひとつの地域にまとまって暮らすのも難しい。

 差別や迫害のなかでユダヤ人は,ヨーロッパやイスラム圏の各地へ離散していきました。

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 その結果,中世末から近代初頭(1400~1500年ころ)までには,ユダヤ人がとくにまとまって住む2つの地域ができていました。

 ひとつは,東ヨーロッパのポーランドとその周辺。
 もうひとつは,スペイン・ポルトガルのあるイベリア半島です。ヨーロッパの東と西の端っこです。

 ヨーロッパやイスラムのほかの地域にも,ユダヤ人は散在していたのですが,以上の2つの地域には,とくにまとまって住むようになったのです。

 これは,これらの地域が中世においてユダヤ人の権利や立場を比較的尊重したからです。ポーランド王国は,商業の発展のためにユダヤ人を利用しようとしました(商業・金融とユダヤ人の関係は後述)。

 また,中世のイベリア半島はイスラムの王国に支配されていて,そこではほかのイスラムの国よりも,ユダヤ人への差別が少なかったのです。

 現代につながるユダヤ人の系統には,大きく2つがあるといわれます。
 そのひとつが,ポーランドなどの東ヨーロッパを中心に広がった「アシュケナージ」と呼ばれる人びと。
 もうひとつが,イベリア半島(スペイン)を中心とする「セファルディ」という人びとです。

 2つの系統は,中世における離散や移動の結果,生じたわけです。

 ただし,イベリア半島に関しては,その後状況が変わります。1500年ころまでにスペイン人とポルトガル人(いずれもカトリック)が,イスラムの勢力を追い出して,自分たちの王国による支配を揺るぎないものにしたのです。

 それ以降はユダヤ人への差別・迫害が強化され,多くのユダヤ人が別の土地へ逃れたり,カトリックに改宗させられたりしました。

 だから,「セファルディ」は,今はユダヤ人のなかでは少数派です。
 現代のユダヤ人の主流をなす多数派は,「アシュケナージ」の人びとです。

 今の私たちが一般にイメージするユダヤ人とは,アシュケナージのことだ,といっていいです。

 ***

 さらに近代以降は,アシュケナージの人びとを取り巻く状況も大きく変化します。

 1700年代末に,ポーランド王国が周辺の大国であるロシア,プロイセン(ドイツ),オーストリアによって滅ぼされ,分割占領されるということが起こったのです。

 それ以前にも,ユダヤ人はポーランドを根拠地としてロシアやドイツなどの周辺諸国にも広がっていたのですが,この「ポーランド分割」以降,ユダヤ人のロシア,ドイツなどへの拡散が進みました。

 ユダヤ人を尊重していた王国が崩壊して,ユダヤ人にとってポーランドは安住の地ではなくなり,そこにとどまる意味が薄れたからです。

 そして,1900年ころまでに,多くのアシュケナージが新興国アメリカ(あるいはカナダも含めた北米)へ移住するという動きもはじまりました。さらに,第二次世界大戦前夜(1930年代)の社会情勢(東ヨーロッパの政情不安や,ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害など)によって,北米への移住はさらに増えていきました。

 アメリカ合衆国に移住して市民権を得たユダヤ人=ユダヤ系アメリカ人からは,実業界での成功者や高度の専門家・知識人などが多く出ています。アメリカの中で,ユダヤ人(おもにアシュケナージ)の影響力は非常に大きいのです。

 ということは,世界の中でのユダヤ人の影響力も大きいということです。

 ***

 今回はこのくらいにして,次回に続きを。
 もっと短くまとめるつもりでしたが,書きはじめると,つい長くなってしまいます。

 次回は,「ユダヤ人と近代社会」という視点で述べたいと思います。
 ユダヤ人は,アングロ・サクソンと並んで,近代社会をリードしてきた存在といえます。それはどういうことか?なぜそれが可能だったのか? そんなことを述べていきます。

(以上)
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テーマ:歴史
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
旧約聖書に出てくるユダヤ人の正当な子孫は「セファルディ」でなので「アシュケナージ」にはイスラエルの継承権なんてないって説を読んだことがありますが、どう思われますか?
ユダヤ人のこと書いた本ってうさんくさいのが多すぎて・・・このシリーズも楽しみにしてます。
2014/03/03(Mon) 18:44 | URL  | ピピネラ #eR1ha.nA[ 編集]
ピピネラさんへ
 ピピネラさん,コメントありがとうございます。

 「アシュケナージはユダヤ人としては正統でない,にせものだ」という話ですね。
 こういうのは,内輪のなかでの「正統」「本家」の(ありがちな)争いであるし,あるいは「ユダヤ人悪玉論」から出てくる話だとも,私は思っています。

 つまり,アシュケナージは現在のユダヤ人の圧倒的多数で,経済力や社会的影響力も彼らがやはり圧倒的なのです。北米でもイスラエルでもそうです。こういう存在は,やはり攻撃や非難を受けるものです。とくに「ユダヤの陰謀」といった話が好きな人にとっては,「アシュケナージというにせユダヤ人がいて,そいつらこそが悪いのだ」という話は受け入れやすいと思います。

 そして,「アシュケナージは東方の異民族と混血していて,純粋さが失われている」「そもそも東方の異民族がユダヤ教に改宗して,ユダヤ人を名乗っているだけ」みたいなこともいわれるわけです。
 
 でも,3000年にわたって広い範囲で移動や離散をしてきた人たちです。さまざまな混血や文化的な変化が起こって当然ではないでしょうか? 今のユダヤ人は,遺伝的にみれば旧約聖書の時代のユダヤ人とはほとんど別のものになっていると考えるのが常識的だと思うのですが。それなのに「こっちが正統で,あっちはにせもの」なんて議論にどれだけの意味があるのか?私にはよくわかりません。
(それでもなお,「ユダヤ人」を名乗る人たちが途絶えなかった,広い範囲に分散しながらも存在し続けたというのは,奇跡的です)

 そして,「民族の純粋さ」みたいなことを基準に,その人間の集団を「正しい・正しくない」などと評価するのは,意味のないことだと思っています。そのような価値観にとらわれた人びと(民族や国民)は,繁栄や幸福から遠ざかることになると思うのです。

 それは世界史をきちんとみればわかります。

 世界史において繁栄した大民族は,いろんな文化を外部から取り入れたり,それに伴ってほかの集団(民族)との混血などを重ねてきているからです(社会的交流が深まれば,そこに結婚・混血ということは起こるものです)。
 
 たとえば,このブログの記事の「インドカレーの歴史」などをご覧ください。

 また,漢民族(漢族)だって,2000年ほど前の「秦・漢帝国」のころと今では,遺伝的には相当異質な集団になっているはずです。中国の歴史がはじまったころからの純粋性を保つ「正統な」漢民族など,今はいないはずです。長い歴史のなかで,何度も大規模にさまざまな民族(騎馬遊牧民含む)の侵入がくりかえされてきたのですから。でも,「漢民族」という文化的な集団や「中国」という社会的な「場」は,継続してきたのです。

 「民族の純潔」とか「正統」とかいう概念は,現実に即したものではないと思います。
 民族あるいは「国家を構成する人間の集団」というのは,外部との交渉によって長期的には変化していくのが,一般的なありかただと,私はイメージしています。だかしかし,「変化して,流動的ではあるけど,一定の連続性・同一性も保っている」とも思います。そういう「矛盾」というか「両面」を持っているのが「民族」というものだと。

 しかし,かなりの人たちがこの問題に対し,いろんな感情を持つのです。「民族には流動的な面がある」というと,怒る人がいる。だから,扱いはむずかしいところがあります。
 
2014/03/03(Mon) 22:13 | URL  | そういち #-[ 編集]
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