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2014年05月11日 (日) | Edit |
 前回の記事で,秋田県のある城下町を歩いた話をしました。そして,町のあちこちでみかけるお店や自営の看板をみながらつぎのように思った,と書きました。

 「地方経済はどうなるのか,どうあるべきか」みたいなことはおいておきます。
 とにかく,「みんな,何かして暮らしてるんだなー」と。
 自分も,何かの「生業(なりわい)」で生きていかないといけない……


 この「生業」という言葉について,読者の方(かずゆきさん)から,つぎのコメントをいただきました。

 「生業(なりわい)」と「職業」には何となく違いを感じます。
  生計を立てようとするとき,いろいろな仕事をして生計をたてるのが,「生業」で,1つの仕事に集中して働き生計を立てるのが「職業」というイメージがあります。両方とも生きるため,ということには変わりがないのですが。
  知り合いに,島に暮らしている人がいて,畑で農業をし,海で漁師をし,公共事業で土木作業員をして生計を立てていました。とても明るく過ごされていました。何でもできてすごいなあと思ったものでした。


 たしかに,「生業」という言葉には,「いろいろなことをして生計を立てる」というニュアンスがあります。

 「農業をしながら漁師をして土木作業員もしている」というのは,まさにそうです。
 「田舎」といわれるところでは,それがかなり一般的なのではないでしょうか。

 私の親戚の何人かは,相当山深いところに住んでいます。その本人(叔父)はサラリーマンだったりするのですが,周囲には複数の「生業」で暮らす人が多いと聞きます。「専業農家」や「会社勤めだけ」という人は少ないのです。

 私が歩いた城下町の自営業の方たちも,その商売だけで食べている人ばかりではないでしょう。本人や家族が何かの勤めをするなど,ほかの仕事と兼業であることも,かなりあるはずです。

 そのような「自営」の仕事は,「生業」という言葉がしっくりくると思います。

 ***

 生業という言葉の意味あいや意義について,私がとくに意識するようになったのは,伊藤洋志『ナリワイをつくる』(東京書籍)という本を通してでした。

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方
(2012/07/02)
伊藤 洋志

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 著者の伊藤さんは1979年生まれ。大学院を出たあとベンチャー企業勤務やフリーランスの記者を経て,2007年から《個人が小さい元手ではじめられる頭と体をつかう仕事をテーマにナリワイづくりを開始》したとのこと。

 今は,小さな「一棟貸し」の宿の経営,「モンゴル武者修行ツアー」の主宰,田舎暮らしについて学ぶワークショップの主宰,古い木造校舎を使った手づくりウェディングの企画運営等々の「ナリワイ」を行っているそうです。

 伊藤さんのいう「ナリワイ」とは,上記にあるように「個人が小さい元手ではじめられる頭と体を使う仕事」です。ひとつひとつから得られる収入はかぎられていて,それらを複数組み合わせて食べていく……そんなイメージです。

 伊藤さんは,こう述べています。

《ナリワイで生きるということは,大掛かりな仕掛けを使わずに,生活の中から仕事を生み出し,仕事の中から生活を充実させる。そんな仕事をいくつもつくって組み合わせていく。いわば現代資本主義での平和なゲリラ作戦だ》(同書27ページ)

 「ナリワイ」というのは,そういうざっくりした考え方。
 明確な定義があるわけではない。

 その点については,伊藤さんはこう述べています。

《あえて言えば,ナリワイは「弱いコンセプト」なのである。会社で使おうものなら,「詰めが甘い!」とか,「落とし込みが足りない!」と叱責されそうだが,強いコンセプトでは越えられない状況を越えるには,あえて弱いコンセプトにとどめておく事が大事だとも考えている》(同書58ページ)

 関連図書として,藤村靖之『月3万円ビジネス』(晶文社)という本もあります。
 この本の著者の藤村さんには,伊藤さんも学んだといいます。

月3万円ビジネス月3万円ビジネス
(2011/07/02)
藤村靖之

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 こちらも,「複数の,小規模な仕事・ビジネスを組み合わせて生計を立てていく」ということがテーマです。「月3万円の粗利が得られる小さなビジネスを10個も持てば,食べていける」という考え方や,そのようなビジネスの事例について述べています。

 「ナリワイ」という考え方は,今は新鮮な視点だと思います。
 しかし,いずれ「おなじみ」になっていくのではないでしょうか。

 経済の停滞・低成長が続くなかで,「ナリワイの組み合わせで生きる」人は増えていくはずです。
 安定した,十分な収入が得られる「正社員」的な仕事が,手に入りにくくなっているのですから。また,「正社員」の仕事が,以前よりも「疲れる」「重たい」ものになっている,ということもあるでしょう。
 
 そして最初は,伊藤さんのように積極的に「ナリワイで生きる」ことを選ぶ人が,その道を切りひらくのでしょう。
 しかしやがては,「否応なく」という人が増えていくのではないか。

 あるいは,すでに「否応なくナリワイで生きている」という人が増えているなかで,伊藤さんのように「ナリワイ」の可能性や意義を掘り下げる人が出てきた,ということなのかもしれません。
 
 ***

 私は,10年近く前にサラリーマンを辞め,会社をつくりました。しかし,その会社からは撤退してしまい,その後は「専業」という意味での「職業」は持っていない,といえます(それにしても,創業にかかわったその「会社」は,「ナリワイ」の対極にある,まさに「大掛かりな仕掛け」そのものでした…)。

 そこで,自分なりの「ナリワイ」をつくっていかないといけないと思います。そのための試行錯誤も,少しだけはしていますが,まだまだ。これからの課題です。

(以上)
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ジャンル:学問・文化・芸術
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