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2014年06月24日 (火) | Edit |
 東京・多摩からターミナル駅まで,片道約50分の電車通勤。
 あえて,やや空いている各駅停車に乗ります。
 そこでの読書は,毎日のたのしみです。

 最近読んだ本を紹介します。
 このシリーズの前回では,中沢弘基『生命誕生』をややくわしく紹介しました。
 さらにもう1冊紹介したいです。 

●板橋拓己『アデナウアー 現代ドイツを創った政治家』中公新書,2014

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)
(2014/05/23)
板橋 拓己

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73歳から87歳まで西ドイツの首相を務めた

 ドイツの大政治家の生涯。
 アデナウアー(1876~1967)は,1949年に西ドイツの初代首相となり,以後1963年まで首相をつとめた人物。第二次世界大戦で敗れたあとのドイツは,1990年に再統一されるまで東西に分かれていました。

 首相となったとき,彼は73歳。もともとはケルン市長であり,中央政界で要職を担うのは,このときがはじめて。そして,なんと87歳まで首相の座を守り続けた。その在任期間を歴史家は「アデナウアー時代」と呼ぶ。この時代に,現代ドイツの基礎的な枠組みがつくられました。

 著者の板橋さんによれば,アデナウアー時代の政治のポイントは「自由民主主義体制の定着」と「米英などの〈西側〉への結合を決めたこと」です。

 アデナウアーは現代ドイツだけでなく,世界史的にも重要な政治家の1人といえるでしょう。
 でも,私たちはあまり知りません。私も,上記の基本的なことくらいは知っていましたが,彼のまとまった伝記に触れるのははじめてです。彼の生涯を通じて,20世紀のドイツ史が垣間見える本。現代ドイツ史について知りたい方には,おすすめです。

 アデナウアーや現代ドイツ史については,セバスチャン・ハフナー『ドイツ現代史の正しい見方』(草思社,2006)もおすすめ。同書では,アデナウアーを「奇跡の老人」と賞賛しています(この本はいずれきちんと紹介したい)。

ドイツ現代史の正しい見方ドイツ現代史の正しい見方
(2006/04)
セバスチャン ハフナー

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時代の要請にこたえた「奇跡の老人」
 
 「奇跡の老人」か・・・たしかにアデナウアーのように,「老人が新しい時代をきりひらく役割を担う」ということもあるのですね。板橋さんやハフナーも述べるように,そこには「第二次大戦後」の特殊な状況もあったでしょう。

 ヒトラーという比較的若い指導者(40代で首相になっている)が,ドイツをめちゃくちゃにしたあとの時代。ナチスに深くかかわったエリートたちの多くも比較的若かった。彼らは処刑されたり「公職追放」となりました。だから戦後のドイツでは一時期,指導者層に「世代の空白」が生まれたのです。また,「若い指導者が描く新時代のビジョン」というものに,人びとが幻滅した時代でもあった。

 そんななか,「奇跡の老人」の出番がまわってくるわけです。

 この老人が,歴史のなかで重要な役割を担うことができたのは,新しい時代の要請にこたえる仕事をしたからでしょう。

 つまり,「自由民主主義」をドイツに定着させることや,それまでの「英米などの西側に対立するドイツ」ではなく「西側の一員としてのドイツ」といった選択をおし進めた。老人だからといって,時計の針を逆にまわすようなことはしなかった。そのような「反動」勢力にたいしては戦う役割を担った。

 そしてそのような彼の選択は,後世からみて「まちがっていなかった」ということです。

 アデナウアーは,既得権とは離れたところで,「時代の課題」と本気で向き合うことができました。
 老人の有力者で,それはめずらしいです。ふつうは,「既得権」と距離のある老人が権力を得るなどということは,まずあり得ない。しかし,時代の特殊な状況がそれをもたらした。

 たいていの場合,権力を得る「老人」は,既得権にまみれています。
 その既得権や,そこにかかわる古い価値から離れることができない。そして「時代の要請」を見過ごす。あるいは歪めてとらえてしまう。劣悪な場合は,時代の要請を知りつつ,それに背をむけて保身に走る。
 そのような弱点を自覚しつつ頑張る「老人」もいますが,少数派です。

 
老人・オジさんの罪

 「老人」というコトバは「オジさん」といいかえてもいいでしょう。

 ここで最近読んだ,古市憲寿『だから日本はズレている』(新潮新書,2014)のことを思い出しました。

だから日本はズレている (新潮新書 566)だから日本はズレている (新潮新書 566)
(2014/04/17)
古市 憲寿

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 この本のテーマは著者が述べるように「現代日本におけるオジさんの罪」です。今回の文脈でいえば「時代の要請からズレまくっているオジさん」への批判。古市さんは20代おわりの若い社会学者で,売れっ子です。
 
 古市さんによれば「オジさん」とは「既得権に無自覚に乗っかっている人」ということになるでしょう。 
 そういう人が,今の日本にはあふれている。
 
 今の日本ではアデナウアー的な「奇跡のオジさん」「奇跡の老人」の登場は,ちょっと期待できないように思います。天下泰平の時代のあとだと,どうしてもそうなります。
 まあ,アデナウアーのような人物は,古市さんの定義だと「オジさん」とはいえないわけですが。
 
 ところで,私ももうすぐ50歳。年齢的にはすっかり「オジさん」なんですが,どうも「オジさん」になじめないままです・・・

(以上)
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