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2013年03月03日 (日) | Edit |
昨日3月2日の記事「近代化とは〈模倣〉である」の補足です。
このテーマは,やはり「5分」ではおさまりきらないですね……。


トンデモなガンジー

ガンジーの主張

「欧米とは異なる独自の道で理想を実現しよう」という主張は,独立・建国後のアジア諸国で力を持った。中国やインドの「独自路線による経済発展」をめざした政策は,まさにそうだった(3月2日「近代化とは〈模倣〉である」)。

じつは,ソ連などの社会主義も,そのような「独自路線」のひとつなのだが,これはまた別の機会に。

インドの独立・建国の父であるガンジー(1869~1948)は,その手の主張――つまり「欧米を模倣することの否定」の教祖のような人だった。

彼はたとえば,こんな意味のことを言っている。ガンジーの思想を紹介した,ロベール・ドリエージュ『ガンジーの実像』(白水社)からの要約である。

「輸出も輸入も排斥されるべきだ。国の経済は自給自足が理想だ」
「機械は西洋と結びついており,悪魔的であり,大きな罪だ。機械などこの世にないほうがいい」
「経済生活は,衣食住の基本を満たせば,それ以上を求めるべきではない」
「議会からは,何ひとつとしていい行動は生まれていない」
「子どもたちに教育すべき唯一の技術は,糸を紡ぐことと機織りだけだ。それ以外の教科は不要だ」


ガンジーは,貿易も,機械文明も,経済発展(生活水準の向上)も,議会政治も,学校教育も否定しているのである。

ガンジーという人は,「聖人」のイメージがあり,「深い思想を語った」ことになっている。たしかにそういう面もある。しかしここでは,国の指導者としてはずいぶん「トンデモ」なことをいっているのではないだろうか?
 
ドリエージュ(引用したガンジー論の著者)は《ガンジーが断固として拒否する近代性》《ガンジーの反西洋主義》などと述べている。「反近代」「反西洋主義」が,ガンジーの思想の核だということである。

「欧米の模倣をして近代化するのは,まちがいだ」と主張する,ガンジー。

その気持ちも,わからないではない。インドは,1800年代から1947年の独立まで,イギリスの支配下におかれていた。これは,屈辱の歴史だった。

1800年代後半のイギリスの首相ディズレイリ(1804~81)は,「インドを統治して文明化することは,神からあたえられたイギリス人の使命だ」という意味のことを言っている(吉岡昭彦『インドとイギリス』岩波新書)。

そんなごう慢な連中の支配から,インドはやっと独立したのである。「奴ら(欧米人)のマネなんかするものか」というのは,無理もない。

しかし,ガンジーの主張には,「ムリ」としかいえないことがたくさんあった。だからこそ,インドはガンジーのいう方向には結局は行かなかったのだ。

インドだけではない。世界全体が,ガンジーの否定する「模倣=近代化」を積極的に行うほうへ進んだ。社会主義の崩壊やさまざまな「新興国」の台頭といった,1900年代末から最近までの世界の動きは,まさにそれだったのである。
 
そんなに昔の話ではない

ここで注目してほしいのは,毛沢東の「大躍進」(3月2日の記事参照)もガンジーのトンデモな思想も,世界史の大きな流れでみれば,そんなに大昔の話ではないということだ。これらは1900年代後半のことだった。その時代を知る人たちが,今も生きている。
 
そして,1900年代後半ということは,産業革命(1800年代前半)以降のヨーロッパが圧倒的な力で世界を制覇したあとだ,ということである。

すでに,欧米人の生み出した「近代」の威力はイヤというほど証明されている。それでも,近代化に向けた「模倣」に対しての,いろんな抵抗や葛藤があった。

そこには,自分たちの国を植民地にした侵略者である欧米への反発ということもあるだろう。侵略者をマネするなんて,屈辱そのものだ。だからこそ発展途上国にとって,近代化=模倣は,簡単なことではない。

しかし,世界全体の近年の傾向としては,多くの発展途上国では「模倣への抵抗」は,かなりのりこえられたようだ。中国やインドをはじめとする世界中での新興国の台頭がそれを示している。

しかし,そうはいっても,「模倣への抵抗」はまだまだいろんなかたちでくすぶるのではないだろうか。

たとえば今の中国でも,欧米で生まれた「民主主義」の政治体制はまだ採用されていない。共産党だけが唯一の合法的な政党であり,共産党の指導者が政治の全権を握っている。

今の中国のスタンスは,「経済や技術は模倣するが,政治は模倣しない」ということである。近代社会の要素を全面的に模倣することには,まだ抵抗があるということだ。

かつての社会主義(ソ連など)の体制は,「技術は模倣するが,欧米先進国の経済(資本主義)や政治は模倣しない」というものだったが,それと通じるものがある。

結局は欧米の生み出したもを全面的に模倣することをイヤがっているということだ。

ただし,現代の中国では,昔の社会主義にくらべて「模倣しない」といっている範囲が狭まってきた,とはいえるだろう。

(以上)
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テーマ:歴史上の人物
ジャンル:学問・文化・芸術
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