FC2ブログ
2014年09月26日 (金) | Edit |
 投票の結果,独立は一応見送りとなったスコットランド。
 この「スコットランド問題」のニュースをみながら,「世界は前よりはだいぶ平和になったんだ」と感じました。

 このような「独立」の話が出てくるのは,平和だから。少なくともスコットランドのあるヨーロッパの西側のほうは平和なのです。
 どういう意味か,以下説明させてください。「平和」と「地域の独立」の関係です。

 ***

 今の世界の国家は,「国民国家」です。これは近代の産物。
 国民国家とは,近代以前の「ゆるい統合」だった国家,もしくは「分裂」の状態だったものを,できるかぎり広い範囲で「強い統合」のもとにひとつの国にしたものです。

 たとえば,江戸時代の日本は,徳川幕府のもとに一応ひとつにまとまっていました。しかし,多数の独立性の高い「藩」の集まりでした。幕府は権力の頂点にありましたが,日本じゅうの人びとを直接統治してはいません。

 たとえば,幕府が人びとに税金を課すことができるのは,幕府の直轄領の範囲だけです。各藩の領民にたいし,幕府が直接に徴税権などの支配力を行使することはありません。各藩の領民は,あくまでそれぞれの藩が支配する。これが「ゆるい統合」ということ。

 これを再編成して,ひとつの政府が直接に全国の人びとを支配するようにしたのが,明治維新です。
 明治政府は,全国の人びとから直接税金を集めることができます。

 それが「国民国家」の政府というものであり,徳川幕府との大きなちがいです。

 ではなぜ,そのような国家をつくったのか。
 欧米列強の脅威が,前提にありました。

 欧米の植民地にされないためには,対抗できる軍事力がないといけない。たくさんの大砲や軍艦が要る。
 そのためのばく大な資金は,藩のレベルではまかないきれない。幕府でも無理。
 「日本」のできるだけ広い範囲を統合して,その大きな財政でめいっぱいの軍事力を持つしかない。

 そのような考えが基本にあって,明治維新は行われました。
 そして,国民国家としての「日本」が生まれたのです。

 ***

 世界で最初の国民国家(少なくともそのひとつ)といえるのは,イギリス(英国)です。

 スコットランドとイングランドが統合された1700年代に,現在につながる国民国家としてのイギリスは生まれました。

 国民国家になったことで,当時のイギリスは,ほかの国にはみられない「財政」のパワーを持つようになりました。
 広い範囲からたくさんの税金を集めたり,その「徴税力」を担保に国債を大量に発行したりできる。
 それで得た巨大な資金が,イギリスの軍事力を強大化しました。

 1700年代に,イギリスはフランスと戦争をくりかえし,連戦連勝でした。
 国民国家としての財政の力が,その勝利のベースにありました。

 当時のフランスはまだ国民国家にはなっていませんでした。
 フランスとの戦争におけるイギリスの勝利は,国民国家の威力によるものだった,といっていいでしょう。

 のちにイギリスは,アジアやアフリカの,国民国家以前の状態にあった国や地域を支配していきました。
 たとえば1700年代には「インド」という国はまだありません。
 今の「インド」にあたる地域は,いくつもの王国に分かれていました。

 1800年ころ以降は,ヨーロッパの多くの国ぐにが,国民国家を志向しました。
 イギリスのような国民国家に負けないためには,自分たちが国民国家になるしかないのです。
 日本の明治維新も,そのような世界史的な流れの一部だったのです。

 ***

 今の世界で,スコットランドの人たちが独立を真剣に考えるようになったのは,「小国」となっても植民地にされる危険はないと心底思っているからです。

 スコットランドのある西ヨーロッパは,第二次世界大戦が終わってから70年ほど,ほぼ平和が続いています。
 西欧諸国は以前はたがいに戦争をしてましたが,今はしなくなった。

 同じヨーロッパでも,東のほうでは「クリミア独立」の問題をめぐって戦争が起こっています。
 スコットランドが独立を主張しても,イギリスの首相は戦車を送り込んだりはしません。泣きそうな感じで「独立なんかしないで!」と演説で訴えるだけ。
 ロシアの大統領とはだいぶちがいます。 

 このような「平和」が広範に存在するのは,今の世界ではほぼ西ヨーロッパだけ,といっていいでしょう(あとは北米くらいでしょうか)。
 さすが,イギリスやその周辺というのは,「近代」の発祥の地です。
 世界史の最先端にある,といえるでしょう。

 私たちの日本がある東アジアは,西ヨーロッパのような状態には,まだなっていません。
 北海道や九州や沖縄が独立するとした場合,「となりの大国に攻められないか」という不安を抱く人は,スコットランドよりもずっと多いはずです。

 スコットランド問題への私の感想は,「人類はここまで来たんだなー」ということ。
 「独立の是非」よりも,このような「独立」の話が平和のうちに真剣に主張されることに,まず目をみはりました。

 でもそれは「最先端」の一部の地域でのこと。
 今はまだ,世界の一部にしかない「最先端の平和」が,より広い範囲に広がってほしいものです。
 でも残念ながら,まだまだ時間がかかりそうです。

(以上)
関連記事
コメント
この記事へのコメント
今回のスコットランドの件や、ウクライナや中国の自治区の独立の動き、日本の地方自治権の拡大等々。あ、イスラム国を忘れちゃいけませんね。
これらから考えると、国という単位が小さくなって行く前兆なのかなー??と考えてます。
当然、それを阻止する様な動きはあるんですけど、領土に対する欲(?)というものが段々と薄れてるのかもしれないですね。もしくは、仲間意識が縮小しているとか・・・。

まだまだ先の事でしょうが、国家再編なんてこともあるのかもしれませんね~。
2014/09/26(Fri) 11:40 | URL  | ken #-[ 編集]
kenさんへ
 コメント,ありがとうございます。「国という単位の縮小」というのは,まさにだいじな論点だと私も思います。その「前兆」と思えるようなできごとは,たしかに最近目につきますね。

 「領土欲」が薄れているのも,まさにそうだと思います。今の世界でとくに経済的に繁栄している国(1人あたりGDPが高い)は,ベネネルクス諸国や北欧諸国やスイスや,アジアだとシンガポールといった小さな国ですから。「大国であること」と「国民の利益」は,昔のようには結びつかなくなりました。

 「昔」とは,「帝国主義」的な時代のこと。内外の敵からの攻撃がリアルな脅威である世界では「大国」であることには意味がありました。しかし,平和な世界ではそれほどの意味はない,というわけです。
 100年単位の時間がかかるとは思いますが,平和や安定が世界の広い範囲で定着すれば,「国という単位の縮小」はすすむのでは,と思います。でも,今の世界の大部分では,まだそれだけの平和は実現していない。

 そして,比較的小規模な国家群がEU的な「超国家連合」を形成して,広範囲な社会・経済的な単位を構成する,ということもありうると思います。

 その一方で,未来においてはEU的なものが「巨大な超国民国家」に発展して,究極には「世界がひとつの国家になる」という見方もあるはずです。
 あるいは,「国の縮小」が極限まですすんで,かぎられた範囲の地域レベルにまで分解する,という想像も選択肢としては考えられます。「無政府主義」的な発想の人は,この路線をよしとしているようです。
 それとも,やはり今のような「国民国家」の時代がこれからも続いていくのかもしれない。

 いろいろ考えられますね。このへんもまた記事に書ければと思います。
 
2014/09/27(Sat) 09:21 | URL  | そういち #-[ 編集]
国民国家がこれからどうなるかというのは,とても興味があります。

比較的小規模な国家群がEU的な「超国家連合」を形成して,広範囲な社会・経済的な単位を構成する,

未来においてはEU的なものが「巨大な超国民国家」に発展して,究極には「世界がひとつの国家になる」

「国の縮小」が極限まですすんで,かぎられた範囲の地域レベルにまで分解する

この中で、なかなかイメージできないのが、「地域レベルまで分解する」です。グローバル化との関係は、どうなるのでしょうかね。
2014/10/01(Wed) 14:45 | URL  | かずゆき #-[ 編集]
かずゆきさんへ
 コメントありがとうございます。
 私も「国民国家の行く末」には興味があります。とはいえ,長期的な未来の話だとも思います。つまり,自分の生きているうちにはっきりとした変化があるのかどうかはわからない。

> 「国の縮小」が極限まですすんで,かぎられた範囲の地域レベルにまで分解する
>
> この中で、なかなかイメージできないのが、「地域レベルまで分解する」です。グローバル化との関係は、どうなるのでしょうかね。

 これは「グローバル化した巨大な経済」のなかで,政治的な「地域主権」が発展していくというイメージです。経済と政治は結びついていますが,別々の面もあります。ある地域国家は,世界じゅうから資源や製品を輸入したりしている。でも,政治的単位としては地域レベルの狭い範囲で成り立っている,ということ。

 数百年以上昔の地域社会は,自給自足的な存在でした。経済的にも政治的にも完結した単位であることが一般的だったのです。未来の地域国家があるとしたら,そのような「自給自足」とはまったく異なる経済であるはずです。

 しかし,究極に科学技術が発達したら,どうなのか?
 つまり,ありふれた物質から,食糧などさまざまな物資を自在に合成できたり,「3Dプリンター」が発達して,あらゆる文明の利器や贅沢品を手軽にどこでも生産できるようになったりしたら?

 そうなると,地域内で文明生活に必要なすべてをまかなうことができます。グローバルな交易は不要になるか,例外的なものになるでしょう。
 そのときは,新しい意味での「自給自足」的な地域社会が,国民国家にとってかわるかもしれません。

 さらにすすんで,「食糧合成装置」や「万能3Dプリンター」が各家庭で所有できるということになると,国家やコミュニテイはたいした意味を持たなくなるのかもしれません。家族単位,個人単位で自給自足ができるなら,ということです。

 こんなふうに空想するのは,私はたのしいです。

 このへんのことも,いずれ記事に書きたいと思います。
2014/10/02(Thu) 23:16 | URL  | そういち #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック