FC2ブログ
2014年10月17日 (金) | Edit |
 このブログはいつも長めの記事が多いので,たまには短い・とりとめのない話を。
 それをここでは「雑談」と呼んでいます。

 ***

 ゆうべ,新シリーズがはじまったドラマ『科捜研の女』をみました。
 主演は沢口靖子さん。
 沢口さんのことを,ウチでは「女優ロボット靖子さん」と呼んでいます。

 このロボットさんには,演技をコントロールするボタンが4つだけついています。「笑う」「泣く」「ふつう」「怒る」の4つ。それ以外の微妙な調整はできません。 

 今回『科捜研の女』をみて気が付いたのですが,このドラマでは共演者たちも「ロボット靖子」に合わせた演技をしているようです。ゆっくりとした,平板なセリフまわしになっている。彼女とからむシーンではとくにそうです。ほんとうはもっとできるはずの俳優でも「ロボット」な感じになっている。

 演出としてあえてそうしているのか,靖子さんに影響を受けてそうなってしまうのか,そこはわかりません。
 いずれにしても,出演者全員の演技のあり方を規定してしまうのですから,靖子さんはすごい。

 とにかく,この人なしでは『科捜研の女』は成り立たない。
 『相棒』における水谷豊にあたります。
 演技の上手い共演者たちが束になっても,このドラマでの靖子さんの重要性には及びません。
 そんな存在になるために,「演技力」は必須ではないのです。
 もちろん靖子さんは美人です。でも,それだけではない魅力があるのでしょう。

 ***

  この間の「日本人科学者のノーベル物理学賞受賞」を特集した新聞記事に,「歴代の日本人受賞者」の一覧がありました。湯川秀樹から今回の3人まで。
 
 気になったのは,その一覧表のタイトルの横に「敬称略」とあったことです。
 これは,「湯川秀樹さんの〈さん〉は,本来あってしかるべきですが,都合により省略しました」ということです。

 でも「湯川秀樹」に,本来は「さん」なんて要らないはずです。
 歴史上の偉人や英雄には「敬称」はつけないものです。
 ナポレオンさん,アインシュタインさん,西郷隆盛さん,川端康成さんなどとはいわない,ということ。
 
 たとえば中村修二さんのような現代の科学者であっても,「ノーベル賞受賞者」の一覧のなかでは,偉大な仕事をした「歴史上の人物」です。湯川秀樹と同じ扱いが妥当なはず。

 ほんとうに偉大な人物には敬称はつけない。
 これまで私が読んできた活字の世界では,それが「常識」になっていました。

 だから,歴代のノーベル賞受賞者に「さん」を付けたりしたら,失礼です。
 「博士」「先生」などというのも,それでは尊敬が足りない,ということです。

 文脈によっては,「呼び捨て」が最高の敬意をあらわす,ということがあるのです。 
 
 なのに,新聞で「敬称略」などとエクスキューズをするのはなぜでしょう?

 「歴史上の偉人であっても,とにかく敬称をつけないのは失礼だ」と思う人が増えた,ということなのでしょうか? かつての「常識」が,古くなってきているのかもしれません。

 ***

 先日,帰りの通勤電車でのこと。
 私はドア付近に立って,ドアの窓からみえる夕暮れの景色をながめていました。
 
 私が立っていたのは向かって左側のドアです。
 すぐ隣の右側のドアの前には,50代とおぼしきスーツ姿の男性が立っていて,やはり窓からみえる景色をながめていました。ただ,ぼんやりと遠くをみている様子で,いまひとつ焦点が定まっていません。

 その人が,焦点の定まらないまま,つぶやいたのです。
 低い,唸るような声でした。

 「あと,10日か・・・」

 なんですか,それ?
 あと10日すると,どうなるんですか?
 いいことなの?悪いことなの?

 気になるけど,訊くわけにもいきません。
 
 あれから10日以上経ちましたが,どうなったことやら。

(以上)
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック