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2014年12月13日 (土) | Edit |
 前回の記事で,「これからの時代を生きるための知識とスキル」ということで,後で述べる8つの項目をあげました。
 これを考えるきっかけとなった,タイラー・コーエン著 大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか という本や,高校の先生である友人との会話などについても述べました。

 コーエンは「平均は終わった」と言います。これからは「格差」の時代なのだと。テクノロジーによる社会の変化がそのような時代をもたらす・・・

 今回は,「8つの項目」の前提になる話をします。
 これからの世の中についての,おおざっぱな認識です。
 とくに就職や所得にかんすること。

 ***

 技術革新(おもにIT関係)によって,従来の「中流」的な人たちのおもな職であった「そこそこのスキルで行う,そこそこ知的な感じのホワイトカラーの,安定した仕事」が大幅に減りつつあるのではないか。

 世の中の働き手は,賢い機械(コンピュータ・人工知能)を補えるような高度のスキルや判断力を持つ少数派と,そうでない多数派に大きく分かれていく。「そうでない」人たちが,これまでのような「中流」でいられるだけの所得を得ることは難しくなる。今すでにその傾向はあらわれているが,将来は一層はっきりしてくるのではないか…

 このような「中流の消滅」や「格差の拡大」には,技術革新のほかに「経済成長の停滞」もかかわっています。

 「そこそこの安定したホワイトカラー」は,経済成長が長く続いたことで生まれた「余裕」の産物です。
 日本では1980年代から90年代は,そんな「ホワイトカラー」の黄金時代でした。

 私が新入社員だった1980年代後半には,「比較的簡単な判断業務を行うだけの,オフィスで新聞を読む時間もたっぷりある課長職」や「比較的単純な事務処理をコツコツ行って年収数百万円の,正社員事務職」というのが,かなりフツーにありました。

 経済の停滞が長く続けば,会社にそのような人たちを養う余裕はなくなっていきます。
 そして,さまざまな技術革新とあいまって,仕事の現場では「そこそこのホワイトカラー」を減らして・抜きにしてやっていくことが浸透してきたのです。

 「余裕」の消滅には,よく言われるように「グローバル化の進展による競争の激化」も関係しています。新興国の安価な製品に対抗するのに,生産性の低い高給のホワイトカラーを大勢かかえるわけにはいきません。

 今,上記のようなのんびりした「課長職」はどれだけあるでしょうか?
 また,就職活動をする今の若い人たちにとって,「コツコツ事務作業をしさえすれば給料や身分が保証される事務職」になることがどれだけ難しいか。そのような求人は今や貴重です。あったとしても相当な競争倍率です。

 たとえば,今の世の中「普通のOL」になるのは,なかなか大変です。
 有名ではない中小企業の,おそらく若い女子を想定していると思われる「一般事務職」,つまり「普通のOL」の求人があったとする。それはたいてい「1人」「2人」の募集ですが,そこに数十人以上の応募があることもしばしばです。有名な大企業ではなく,中小企業でもそうなのです。

 そして,そもそも「普通のOL」だって,コツコツ事務作業をしたりお茶を入れたりすればいい,なんてことはまずあり得ない。だから,そこがわかっていない人は,なかなか採用されません。

 公務員をめざす若者も増えました。
 公務員の世界には「そこそこのホワイトカラー」がまだまだ残っています。でも,これも今や難関。小さな市町村の役所に入るにしても,予備校通いをして筆記試験に合格し,相当な倍率の面接を突破しないといけません。今の親世代が若いころは,筆記試験に通れば,かなりの確率で採用されたのですが,今はそうではないのです。

 「〇〇さんの子どもが市役所に就職した」という話があっても,よく聞いてみると「契約職員」などの,いわゆる「非正規」の雇用であることが結構あります。その多くは,一定期間で契約を切られてしまう(解雇される)ことになっています。

 これから,一定の好景気がやってくることもあるでしょう。
 しかし,「ホワイトカラー」にとっての黄金時代が再び訪れることはないでしょう。世の中の仕事の仕方が変わっていくからです。

 去年から今年にかけて,日本経済では一定の景気回復や雇用の改善がみられましたが,ここでいう「そこそこのホワイトカラー」の職は増えていません。

 ここ1~2年で求人がとくに増えたのは,建設や販売接客など,「賢い機械」が苦手な分野の仕事です。製造や営業やIT技術者などほかの領域でも,少なくとも部分的には求人増はあります。しかし,「そこそこのホワイトカラー」を増やす考えは,今の企業にはないのです。

 これから当面の日本では,多少の「景気回復」があったとしても,「実感がない」と多くの人たちは言うでしょう。
 失業率や有効求人倍率などからみて「雇用の改善」があっても,「就職が厳しい」と言い続けるはずです。
 「かつての〈中流〉的な仕事や生活がなかなか得られない」ということであれば,そうなります。20~30年前の「黄金時代」が戻ってこないかぎり,多くの人たちには不満が残ってしまうのです。

 ***

 以上のような話は,たいしてめずらしいものではないでしょう。あちこちで言われていることです。
 でも,今回書いてみたのは,私なりにこのような「社会の変化」を,「現場」の感覚としても実感しているからです。
 
 また,幅広い現象をざっとみわたす文章は意外と少ないので,自分でまとめてみた,ということもあります。

 この何年か,私はキャリアカウンセラーとして若い人の就職の相談の仕事をしてきました。千数百回の相談を行い,万を超える具体的な求人をみたりしてきました。そのうえで得た「実感」をもとに関係者の話を聞いたり,活字の情報に学んだりして,「世間でよく言われていることはやはり本当だ」と思うのです。

 また,「古き良き日本企業」といえる会社に十何年勤めたり,その合間に教育に関するNPOにかかわったり,サラリーマンを辞めて金融系の会社をつくったり,失業者として何年かブラブラしたことなどもあります。その過程で見聞きしたことももちろんベースにあります。

 そのうえで,冒頭で紹介したコーエンや,その他の識者が述べているような「これからは格差の時代」「平均や中流の終わり」ということは,たぶん本当なのだろうと。

 じゃあ,どうしたらいいの?
 
 私は,ことさらに危機感をあおったり,「こんな社会はまちがっている」とさかんに憂いたりするつもりはありません。
 対応策は,その人なりにいろいろあると思います。
 若い人ほど,どうにでもなりやすいです。
 やたらと眉間にシワを寄せるのはよくないです。

 「政策をこうすべきだ」という話も,ないわけではありませんが,ここではおいておきます。
 あくまで「個人としての対応」に話をしぼります。

 まず,未来の労働市場が,少数の高いスキルを持つ人材とその他大勢に2極化するというなら,自分は「少数の高いスキルを持つ人」になれないだろうか? 

 具体的には,それぞれの分野で上位何パーセントかの人になるということです(ただし,その分野に社会的なニーズがないといけません)。それに「手が届きそう」という人は,結構います。若くて元気な人は,それを目指すことをまず考えればいいでしょう。

 「これからの労働市場」をふまえた「仕事論」の本がいくつか出ていますが,そこで主流なのは「少数の高いスキルを持つ人になろう」と説く本です。
 
 それはちょっと気が進まない,あるは「無理」と思う人もいるでしょう。
 (しかし「無理」かどうかは,よく考えてみたほうがいいと思う。結構やれるかもしれない)
 でもまあ,それならそれで,いろんな考えはあるはずです。

 さきほど述べたような,建設や接客・サービスなどの「賢い機械が苦手な仕事で,人を雇う意欲のある分野」で少しでも納得のいく職をみつける。
 納得のいく職がどうしてもなければ,自分で「小商い」「スモールビジネス」を立ち上げる。自営業者になるということです。あるいは「将来,小さな起業をする」ことを意識して職を選ぶ。

 そんなのはイヤだ,やっぱり「そこそこのホワイトカラー」として安定したいというなら,今でもそのような職がまったくないというわけではありません。若い人,とくに学生であれば,それをめざすことも考えられます。

 そのための具体的な戦略もあるので,熱意を持って追求すればいいと思います。ただ,今の親世代のときのように,まともな戦略や努力もなく「そこそこのホワイトカラー」にすんなりなれる時代は終わったということです。そして「社会のかぎられた席を得る競争」には必ず「敗者」がいて,自分がそうなる可能性もあるということも忘れてはいけない・・・

 でも,「安定したそこそこのホワイトカラー」を志向する人にかぎって,それをめざすための戦略や熱意が弱い傾向があるのです。だから「それなら意識をもってやろうよ」ということです。

 中高年の人は,今現在「まあまあ納得」の安定した仕事があるなら,大切にしましょう。

 そして,「一生真剣にやってきたい」ということが本当にあって,しかしそれがなかなか職業や収入に結びつかないという人。
 それなら,「食えないアーティスト・文化人」として生きる道もあるでしょう。そういう人が生きるための戦略や知恵というのもあるので,これも追及していくことかと思います。

 今の社会はかなり豊かにはなったので,「食えないアーティスト」が貧乏しながら生きていく余地も,昔よりはだいぶあるのです。でも,その道へ行くかどうかおおいに迷うようなら,やめたほうがいいかと。

 あとは,「生活のなかの愉しみ」について,柔軟な考えを持つといいと思います。
 衣食住について,娯楽について,何がステキで良いものなのか,という感覚を柔軟にすることです。今まで「安いもの」「つまらないもの」といわれてきたものに新たな「価値」を見出せたら「シメた!」と思いましょう。それはこれからの社会への「適応力」が増すということです。

 その対極が,だいぶマイナーにはなりましたが「バブリー」な価値観です。いわゆる高級品とかブランドとかその亜流が大好きだということ。この価値観で生きていこうとするなら,これからの時代は「少数の経済的成功者」になることでしょう。それができるなら「バブリー」もいい。それはそれで楽しいはず。

 ***

 「あれもある・これもある」という話をしましたが,すべてに通じるのは「今までの中流や平均を安易に求めても,うまくいかないし,楽しくもない」という考え方です。「中流」や「平均」を求めてもいいのですが,「それは簡単ではない」というイメージを持つことです。また,「それだけがあるべき姿だ」と考えるのも,まちがいです。

 「平均は終わった」とまではいかなくても,「平均は貴重なものになってきた」ということ。
 その状況に適応することを,考えてみよう。
 やり方は,いろいろあるはずです。

 ***

 以上のような「社会への認識」をふまえて,つぎのような「これからの時代を生きるためのスキル・知識」を考えました。
 もし,「高いスキルをもった少数の人材」,つまり「エリート」をめざすなら,これではとうてい足りない。あるいは,それぞれの項目で本当に高いレベルを身につける必要があります。

 しかし,多くの人にとっては,この8項目のうち2つでも3つでもそれなりに身につければ,これからの時代を元気に生きるうえでおおいに役立つと思います。

 なのに,これらの項目は,学校教育やマスコミなどではあまり重視されていないのです。少なくとも,その重要性についてあいまいな言い方しかなされていない。

【これからの時代を(楽しく)生きるためのスキル・知識】

1.賢い機械=コンピューターといっしょに働くスキル
2.読むための英語 ネットなどで英語の記事が読める
3.実用的なわかりやすい文章が書ける
4.制約のなかでも,生活を(それなりに)美しくできる


 ここまでは,「これができる」という「スキル」。

 以下は,人生や社会について考える基礎となる知識。
 世界観のもとになる知識といってもいい。

5.お金(金融・会計)についての知識
6.ざっくりと大きな流れを捉えた世界史
7.科学の本質についてのイメージ


 そして,基本的な態度・心構えとして

8.責任感のあるまじめさ・着実さ

 ***

 各項目についての説明は,次回に。
 前のときも「次回に」といっておきながら,今回説明しませんでしたが,今度はします。

(以上)
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コメント
この記事へのコメント
高等学校の現場から
高等学校では,「そこそこのホワイトカラー」になることを理想とした就職指導・進路指導がまだまだ主流のような気がします。
就職活動はともかく,高等学校の教育内容・教育方法が「ふるき良き時代」からの転換が図られていないのが現実です。
理想を掲げて日々教育活動を行っている者にとっては,「これからは格差の時代」というのは認めがたいものがありますが,そこは現実を踏まえた上で新しい理想を打ち立てていかなければならないと思っています。
そもそもこれまで「理想」と思われていたことが,時代を越えた普遍的なものとは必ずしも言えないのですから。
新たな理想を打ち立てるために,教育に携わる多くの人に,『大格差』を読んでもらいたいと思います。
2014/12/16(Tue) 13:18 | URL  | 河上力哉 #-[ 編集]
Re: 高等学校の現場から
河上さん,コメントありがとうございます。
今現在でも「そこそこのホワイトカラー」は,就職の有力な選択肢ではあります。「第一の選択肢」といっていい。そのことは当面は変わらないでしょう。
ただ,それが「あるべき姿」「理想」であるかのように固定的に捉えてしまうと,時代からズレているように思います。それでは世の中を生きづらくなるのではないか。もう少し柔軟に考えないといけないはずです。

これからは,若い人も中高年も「そこそこのホワイトカラー以外の選択肢」を視野に入れて,自分の仕事のことを考えていくようになる。しかたなくそうなる,というケースも増えるでしょう。そして,私たちの多くは,そのような変化に適応していくとは思います。その点で,教育現場が適応するのは,だいぶ遅れてしまうかもしれません。学校というのはそういうものです。

少しズレますが,大学はやはりこれから経営がますますたいへんですよね。卒業して「そこそこのホワイトカラー」になることを大学が保障してくれないなら,そんな大学に行く価値・お金を払う価値はあるのか? そういう疑問も強くなっていくはずです。

「格差の時代の理想」があるとしたら,どんな感じでしょうか・・・抽象的なんですが,たぶん「格差をそんなには問題にしない感覚」が,その「理想」の基礎になるのかも・・・まだよくわかりません・・・このへんは,また考えてみたいです。
2014/12/17(Wed) 00:07 | URL  | そういち #-[ 編集]
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