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2015年01月02日 (金) | Edit |
 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 このブログをはじめてもうすぐ丸2年です。(はじめたのは2013年の1月)
 最近,ある若い友人から「書いていてたのしそうですね」と言われました。

 たしかに,たのしいです。
 こういう,書きたいことを書いて,どなたかに読んでいただける場所があるのは,いいですね。ブログというのは,ありがたい道具です。今年もこの道具を積極的に使っていきたい。もう少し上手に使えるようにもなりたいです。

 ***

 新春なので,世界や日本について風呂敷を広げて考えてみましょう。
 
 年末にみかけた,あるビジネス雑誌の表紙に「混迷を深める世界・岐路に立つ日本」みたいなキャッチコピーがありました。
 これは,決まり文句ですね。
 社長さんが社員に「年頭のあいさつ」のスピーチをするときには,よく出てきそうです。20年前30年前にも同じようなことを言っていました。

 たぶん,この何十年か世界はずーっと「混迷を深め」てきたし,日本もずーっと「岐路に立ち」続けてきたのです。

 皮肉っぽく書きましたが,世界や日本の現状についての抽象的なまとめとして,「混迷する」「岐路に立つ」というのは,決してまちがっていないと思います。

 でも,問題は話が抽象的すぎることです。それだけでなんだかわかった気になって,思考が止まってしまうとしたら困ったことです。

 社長の新年のあいさつだと,「混迷を深め」「岐路に立つ」という世界や日本の情勢についての基本認識が示されたあとは,たいてい円相場がどう,業界の様子がどう,それを踏まえわが社の事業計画は,といった個別具体的な話題にすすんでいきます。

 これだと,すごく抽象的な話と,かなり具体的な話を結ぶ「中間」が欠けているのです。
 つまり,「世界が混迷を深めている,日本が岐路に立っているとはういうことか」というのを,もう一歩踏み込んで,しかし個別具体的になりすぎずに説明した話がない。それでは「混迷を深め」「岐路に立つ」というのは,中身のない単なる「枕詞」になってしまう。

 そこで,今回はそんな「中間の話」をしましょう。

 ***

 まず「日本が岐路に立っている」とはどういうことか?

 これは「成熟した経済・社会への対応を迫られている」ということです。政府も企業も個人も。

 では「成熟した経済・社会」とは何かというと,「高度成長の結果,経済的に発展した先進国となり,それが一定の年数を経て定着した状態」のことです。
 「先進国に追いつけ・追い越せ」ではなくなった社会。
 
 日本は,高度経済成長が終わった1970年代に,経済面で一応は欧米に追いついて「先進国」となりました。
 1人あたりGDP(経済の発展度を示す指標になる)でみると,日本は1970年代にイギリスに追いつき,1980年代にはアメリカに追いついています。

 そして 「先進国であること」が定着したのは,1980年代後半から1990年ころ以降ではないかと,私は思います。今から20数年~30年前のこと。バブル経済からその崩壊にかけての時期です。
 そのころ「先進国として成熟する」という課題を,日本は背負うようになったのです。

 それまでは「先進国になる」のが課題だったのですが,課題が変わった。

 これが「日本は岐路に立っている」ということ。
 あれから30年。
 今も岐路に立ち続けている。 

 ***

 「成熟した経済・社会」に,政府や企業や私たち個人は,適応しなくてはいけない。
 もちろんある程度はできています。でも,「右肩あがり」の時代の発想は根強い。中高年はとくにそうだし,若い世代も,そんな中高年に影響を受けている。

 たとえば,高度成長期に政権を担った政党(自民党)が,今も圧倒的多数で政権を担っています。ほかの政権(民主党など)も試してみたけど,「ダメだ」と感じて元に戻った。「政治の新しい枠組みはないものか」と模索してみたけど,なかなかみえてこない。

 日本政府の抱える負債は,ご存じのようにものすごい金額になっています。
 これは「経済が順調に成長する」「国民の年齢構成が比較的若い(老人が少ない)」といった,「右肩上がり」の時代の前提に立った社会保障制度を維持してきた結果です。経済成長がペースダウンして高齢化が進んだ「成熟した経済・社会」には,全然適応していない。

 「日本株式会社」は,今までの「モノをつくって輸出する」というビジネスモデル以外の新しい何かを,なかなか見いだせないでいます。
 つくっているモノの中身も,「なんかズレている」とよく言われます。たとえば消費者が求めるのとはちがう,意味のないハイスペックだったりややこしい機能がついてたり・・・

 「円高のせいで輸出が伸びない」と言われたりもしました(説明は省きますが,円高は輸出企業には不利なのです)。しかしアベノミクス以降,円安が進みましたが,全体としては輸出は伸びていません。「モノをつくって輸出が伸びることで経済が活気づく」という従来のモデルは,通用しなくなっているようです。

 「たんなるモノじゃなくて,ソフトとか,クールなジャパンをもっと輸出しよう」という意見もあります。でも何が「クール」なのか,社会のリーダー的な人たち,つまりオジさんたちにはよくわからないので,この方面の議論は混迷をきわめています。

 そのためか「クールなジャパン」は,海外でよい評判を得ることがあっても,あまり儲かっていません。つまり,輸出産業としては今のところ経済にあまり影響していない(ただし,日本への海外からの観光客はこの10年で大きく増え,ほぼ2倍になりましたが)。 

 これからの成熟経済はモノつくりではない,金融立国に日本はなっていかないといけない,という主張もあります。
 たしかに,成熟した先進国では発展途上の国とは異なる金融があるようです。たとえば,個人の金融資産であれば,銀行の預貯金よりも,株式やファンドなどによる「投資・運用」をメインとするような。

 「貯蓄から投資へ」ということは,少なくとも10年ほど前の小泉政権でも言っていました。でも,日本人の金融資産は相変わらず預貯金中心で,この20~30年のあいだ,大きくは変わっていないのです。

 ***

 以上,いろいろな面で「成熟した経済・社会に対応しきれず,相変わらずなやり方を続けている」ということです。
 「岐路」に立っているけど,「これまでとはちがう方向」に進めず,立ちすくんでいる。

 でもこれは,政治・経済のリーダーたちだけのせいではない。

 私たちふつうの個人の多くも,だいじな場面で「相変らず」のほうを選んでいます。「選ばざるを得ないんだ」と言いたいかもしれませんが,とにかく結果として選んでいる。

 最近の選挙の結果などは,まさにそうです。

 年金などの社会保障を「成熟社会」に適応させるとしたら,今の給付水準を大きく下げることになるので,高齢者を中心に猛反対が起きるでしょう。だから,政治家も動けない。

 貯蓄よりも投資を積極的に行うことをためらっているのは,私たちひとりひとりです。

 「モノつくり」で頑張っている人たちを,私たちは今もおおいに尊敬しています(映画やドラマの制作に関わる演出家や俳優が自分たちの仕事を「モノつくり」とか言うくらいです)。その一方,金融で稼ぐ人たちは「モノつくり」の人たちほど好かれていません。

 こういう「相変わらずな価値観」は,年寄りも若い人も,そんなには違わないのではないでしょうか。

 たとえば就職活動をする大学生の「就職したい企業ランキング」をみると,それを痛感します。上位に来る企業は,30年近く前に(今40代終わりの)私が就職活動していたころと本質的には変わっていません。大手の金融機関や商社や,インフラ系企業などが,その顔ぶれの中心なのです。

 ***

 「成熟した経済・社会としての対応」とは,「成熟した先進国になる」といってもいいでしょう。
 そのような社会がどんなものであるかは,だいたいわかっているはずです。

 政治であれば,特定の政党が何十年も政権を担い続けるなんてことは,成熟した先進国らしくないです。

 先進国で少子高齢化が進むのは,常識です。社会保障制度がそれを前提にすべきなのも,常識的なことでしょう。

 従来型の工業製品で輸出競争力が落ちていくのも,成熟した先進国の「宿命」といっていいでしょう。豊かな国民=賃金の高い国民なのだから,人件費の安い新興国との競争では,おおいに不利なわけです。

 工業製品の輸出がふるわないなら,製品の方向性を見直したり,「クール」な何かを生みだしてソフトで稼いだり,金融・投資によって収益を得たりすることも,やはりだいじな選択肢です。

 「成熟した経済・社会」への対応策というのは,基本的な方向としては,じつはすでにわかっているのではないでしょうか。わかっているんだけど,積極的にそちらの方向へ行けないでいる。
 
 なぜでしょう? 

 たぶん「日本は岐路に立っている」などという決まり文句で語るような「リーダー」や「インテリ」を,私たちが放置しているからでしょう。

 枕詞のように「日本は岐路に立っています」と言うリーダーは,たぶん「分かれ道」の前でモタモタするか,「相変わらずの道」のほうへ行く人です。

 そういうリーダーを甘やかさないで,いろいろとものを言ったり,抵抗したりできないものでしょうか?

 あるいは,そんな「リーダー」の力の及ばないところで,「相変わらずでない」何かを進めることはできないでしょうか? とくに個人として自由になる領域で,それができないでしょうか?

 また,新しい何かを行っている人を,自分なりに応援できないでしょうか?

 新春にあたり,もしもどこかで政治家や社長やインテリみたいな人が「日本は岐路に立っている」と言っていたら,今回書いたことを思い出してください。「岐路に立っている」とはどういうことか。こんなことを言うリーダーは大丈夫なんだろうか・・・

 長くなったので,「混迷を深める世界」については,またの機会に。

(以上)
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