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2015年01月12日 (月) | Edit |
 今日は成人式。成人式といえば振袖の女子が華やかです。

 20年くらい前,成人式のシーズンに,昭和ヒトケタ生まれの私の父が,自分の若かった昭和20年代の田舎を思い出して,こんなことを言っていました。

「そのころ(昭和20年代)は,娘さんに振袖をつくってやれる家なんて,村にほんの何軒かあるだけだった。ちゃんとした着物は高かったんだ。でも今はいいよな。ほとんどみんなが成人式で振袖を着れる時代になった」

 その後の高度経済成長(1955頃から1975頃,昭和30~40年代)で,人びとの所得が増える一方,生産力の進歩で着物を安価につくれるようになった結果,「振袖で成人式」は一般的になったのでしょう。

 何十年か昔の日本では,「きちんとした着物をつくる(買う)」というのは,たいへんなことだったようです。
 このことは,たまに思い出すといいかもしれません。

 では「きちんとした着物」が昔はいくらくらいしたのか,ということを知りたいと思って,手持ちの「値段史」の本などをあたりましたが,よくわかりませんでした。モノによってかなりちがうので,統計資料的に示しにくいのかもしれません。いつかもう少し調べてみたい。

 ***

 さらに,何百年も前の昔にさかのぼると,着物を新調することは,もっとたいへんでした。
 たとえばこんな話が文書で残っているそうです。
 小泉和子『ものと人間の文化史46 箪笥』(法政大学出版局)にあった話です。

 安土桃山~江戸時代初期のこと。三十万石の大名家の娘が,父に手紙で新しい小袖(それなりの立派な着物でしょう)をつくらせてほしい,とお願いをした。一着しかない小袖が古くなったのだと。

 三十万石の大名の娘が,一着しか持ってないの? 
 着物一枚つくるのに,父である殿様に伺いをたてないといけないの?

 当時は,そういう時代だったのです。
 それだけ衣類というものが貴重で高価だったということ。

 そして殿様は,娘が着物を新調することを許しませんでした。最初は手紙や家来を通してのやり取りでしたが,最後は姫様本人が父君にじかにお願いしました。しかし,「一着あれば十分」と却下され,ひどく叱られたそうです。

 「昔は貧しかった」というイメージは,私もある程度は持っているつもりでしたが,この話には少々おどろきました。
 大名でも,そうだったのか・・・と。

 また,これと同時代の人で,石田三成の重臣だった三百石取りのある武士の娘が,晩年にこう語ったそうです。

 「自分は13歳から17歳まで,たった1枚の着物で通した。しまいには寸足らずになってすねが出て困った・・・」

 「三百石」というのは,かなり上級の武士です。それでも,そんなにも質素だった。
 だとしたら,庶民の着ているものなど,どれだけひどいものだったか・・・

 当時も,美しい着物をつくる技術はありました。
 しかし,それを享受できるのは,きわめて少数の人間だけだったのです。

 ***

 ただし,こういう記録に残っているのは,「印象的なほどに質素」という,やや例外的な事例である可能性もあります。
 でも,数百年前の日本が,現代の感覚でふつうに想像する以上に貧しく質素だった,ということはいえるのではないでしょうか。

 小泉和子さんの同書などによれば,着物に関しこのような「超・質素」な状態を脱したのは,江戸時代のことだといいます。木綿や絹織物の生産・流通が発展し,美しい高級な呉服も,相当に大衆化していったのです。

 そのずっと先の延長線上に,今の成人式の風景もあるわけです。

(以上)
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