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2015年04月20日 (月) | Edit |
 18日の土曜日に,ある勉強会で講師を務めました。
 このブログの読者の,学校の先生(40代男性)からお声がけをいただいたのです。
 その方はある地方都市の高校に勤務していて,地元の教員労働組合の分会の方々に「これからの時代を生きるためのスキルと知識」をテーマに話をして欲しい,とのことでした。このテーマは,当ブログで(未完ですが)何度か論じてきたもの。

 その先生によれば「これからの時代について考える機会が欲しい。そういう本質的なことを語りあう場がなかなかない」とのこと。そして「いろんな専門家が世の中にいるけど,近代社会の大きな流れから,それをふまえつつ団地リノベや〈ベランダでビール〉みたいなこまかいことまで論じているのが,そういちさんの特長だ」と言ってくださいました。

 以前から「講師いたします」の看板をかかげていた私にとって,願ってもない機会。よろこんでお引き受けしました。

 理科,社会,国語,情報,商業などさまざまな教科の先生方数名を前に,地元の商工会議所の一室で3時間ほどお話しをしてきました。年齢的には30~40代の,男女の方々の集まり。

 私がお話しするだけでなく,参加者の方々にもいろいろなご発言を発言いただきました。みなさま,長時間にわたる話に真剣に耳を傾けていただき,ありがとうございました。

 ***

 「これからの時代を生きるためのスキルと知識」という勉強会の内容ですが,こんなことです。

 技術革新や経済成長の停滞といった大きな流れのなかで,「格差」の広がりや,「中流」的なホワイトカラーの職の減少といったことがおきている。そのような時代では,たとえば「コンピュータと働くスキル」「実用的な文章力」「制約のなかで生活をそれなりに美しくできる」といった能力が重要になるだろう・・・

 今回お話しさせていただいて,こういうテーマは,やはり需要があると実感しました。

 「これからのたいへんな時代をどう生きるか」的な話は,昔からあります。でも,いよいよ本格的に「生き延びるには,どうしたらいいか」といった観点で,しっかりと考えていくべき時代になったのではないか・・・
 そんな感覚が,多くの人にあるのではないか。
 
 私の論じ方は,今回の主催者の方がおっしゃるように,扱う範囲が広いことが特徴です。話のレベル感もいろいろ。大上段な議論もあれば,身近な小さい話もある。
 これは話が散漫になる恐れもありますが,一方で「全体像」を描くうえでは役立つと思います。そして,個人にとってまずだいじなのは「全体像」ではないかと。人は生きるうえで,森羅万象のさまざまな面とかかわるのですから。

 この勉強会を通して,新たに考えたことがいくつかありますが,また別の機会に。
 今回の記事では,参加者の方々の感想と,勉強会でお配りしたレジメの前半をご紹介しておきます。
 
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参加者の方々の感想

〇すごく作り込まれたレジメに本当に感動しました!  目の前の参加者の関心事に沿って話をしてくださったので,みなさん,自分のこととして脳ミソが働いたのではないかと思います。これはやっぱり(無料の)ブログでは得られません。私自身は 「〇○さんは自分の文章に自信を持っていい」とそういちさんに言われたことが一番の収穫でした。恥ずかしがらずに,格好つけずに,もっともっと文章を書こう!と思わせてくれました。面接などの就職指導のポイントを教えていただいたのも,いま悩んでいることだったので,本当に助かりました。

〇いま自分がやっていることに自信が持てず,毎日,自分は何をしているのか,何のためにこの仕事をしているのか,考えるだけで行動に移さない私にとって,そういちさんの講義は,自己目標設定の指標になる内容でした。行動に移せるように思えました。まずは8つのスキル・知識を私自身が身につけて・・・いや,真面目でありたいと思います。
                                                   
〇自分自身のテーマの一つが「イマドキの高校生が世の中の変化につぶされずにいかにやっていく方法をみにつけさせるか」ということなので,大変参考になりました。「教え込む」というより「気づかせる」というイメージでしょうか。
                                                    
〇大変興味深く聞かせていただきました。学校現場で日々悩むことが多く,なかなか本質的な話をする時間もありませんので,このような場をつくっていただいて,ありがとうございました。何を教えるべきか,どう教えるべきか,たくさんのヒントをいただいたと思います。また,今日は多くの本を紹介してくださいましたので,後日ぜひ読んでみたいと思います。
                                                 
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勉強会でお配りしたレジメ(の前半)

これからの時代を生きるためのスキルと知識

講師:そういち
近代社会のしくみ研究家,キャリアカウンセラー。ブログ『団地の書斎から』主催。
著書に『自分で考えるための勉強法』『四百文字の偉人伝』(ディスカヴァ―21刊,電子書籍)


1.タイラー・コーエン『大格差 機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』

■賢い機械と働くことが得意か?
 「これからの時代を充実して生きるためのスキルと知識」を考える素材として,タイラー・コーエン『大格差』(NTT出版,邦訳2014年,原題「平均は終わった」)をとりあげる。
 テクノロジーの発達で,賢い機械(コンピュータ)が多くの人の職をおびやかしつつある。賢い機械にできる仕事の範囲は,これからもどんどん広がっていく。しかるべきスキルを持たない人は,就業の機会から締め出されてしまう時代がやってくるのではないか。コーエンはこう述べる。

あなたは,賢い機械と一緒に働くことが得意か,そうでないか?…あなたの技能がコンピューターを補完するものなら,あなたが職に就き,高い賃金を受け取れる確率は高い。しかし,あなたの技能がコンピューターを補完できなければ,見通しはおそらく暗い。将来は,ますます多くの働き手がこのいずれかに二分されるようになる。そう,平均は終わったのである。(同書6ページ)
 
 これからの技術革新の方向性と,それが未来の労働市場にどう影響をあたえるのか? 未来の労働市場で求められる資質は何か? 
     
大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか
(2014/09/11)
タイラー・コーエン

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■英語よりもお辞儀の仕方か? 
 この本を,先日友人に紹介した。高校の先生である彼が,つぎのように言っていたので,「これからの時代に子どもたちに何を教えたらいいか」を考えるうえで参考になると思ったのである。

私の同僚の若い英語の先生が,『英語なんてウチの生徒には役に立たない。社会で役立つ,お辞儀の仕方とか,礼儀やマナーをもっと教えないといけない』って言うんだよね。ちょっと理解できない…私は物理を教えているけど,教科をきちんと教えることは,これからの時代も意味があると思っている。(高校教師K・40代)

 私(そういち)も「英語よりもお辞儀の仕方だ」という考えには賛成しない。役に立たないのは「英語」そのものではなく,今の授業の英語なのかもしれない。英語の先生なら「目の前の生徒にとって役立つ英語は何か」を考えればいい。でも,「これからの時代を生きるために,教育で何を教えるべきか」について,これまでとはちがった考えが必要だという点には,かなり同意する。


2.これからの時代を生きるためのスキル・知識 一覧

 では「何が大事か」ということだが,その一覧を考えた。コーエンが『大格差』で述べていることと重なる部分もあるが,私なりの視点もある。

■これからの時代を生きるためのスキル・知識 8つ

 1.賢い機械=コンピュータといっしょに働くスキル
 2.読むための英語 ネットなどで英語の記事が読める
 3.実用的なわかりやすい文章が書ける
 4.制約のなかでも,生活を(それなりに)美しくできる
 5.お金(金融・会計)についての知識
 6.ざっくりと大きな流れを捉えた世界史  
 7.科学の本質についてのイメージ
 8.責任感のあるまじめさ・着実さ(基本的態度)


 1~4は「これができる」というスキル
 5~7は人生や社会について考えるための基礎知識(世界観のもとになる)
 8は基本的態度


 ※これらの項目の説明は,レジメの後半にある。次回の記事で掲載します。

 以上は,「生きる力」や「問題発見力」のような,広すぎる漠然とした概念にならないように,一定の具体性を備えるよう意識した。どれも原理的には,適切なカリキュラムを組めば,学校などで教えることができる(8.はやや難しいかもしれない)。

■このうち2つでも3つでも
 もし,「高いスキルをもった少数の人材」,つまり「エリート」をめざすなら,これではとうてい足りない。あるいは,それぞれの項目で本当に高いレベルを身につける必要がある。しかし,多くの人にとっては,この8項目のうち2つでも3つでもそれなりに身につければ,これからの時代を元気に生きるうえでおおいに役立つだろう。

 なのに,これらの項目の多くは,学校教育ではそれほど重視されていない。少なくとも,その重要性についてあいまいな言い方しかなされていない。あるいは,それぞれの項目で「大事なことは何か」について議論が混乱していたりする。「多くの人にとって必要なレベル」と「社会の先端を担う人材に必要なレベル」を混同していたりするのである。


3.「平均は貴重なものになった」という認識  

■「そこそこのホワイトカラー」が減っていく
 コーエンは「平均は終わった」と言う。未来において,世の中の働き手は,賢い機械(コンピュータ・人工知能)を補えるような高度のスキルや判断力を持つ少数派と,そうでない多数派に大きく分かれていく。「そうでない」人たちが,これまでのような「中流」でいられるだけの所得を得ることは難しくなる。

 近年の日本では技術革新(とくにIT関係)によって,従来の「中流」的な人たちのおもな職であった「そこそこのスキルで行う,そこそこ知的な感じのホワイトカラーの,安定した仕事」(そこそこのホワイトカラー)が減りつつある。

 これには,技術革新のほかに「経済成長の停滞」もかかわっている。経済の停滞が長く続けば,企業としては「比較的簡単な判断業務を行うだけの課長職」や「単純な事務処理をコツコツ行って年収数百万円の,正社員事務職」などを養う余裕はなくなる。さまざまな技術革新とあいまって,仕事の現場では「そこそこのホワイトカラー」を減らしてやっていくことが浸透してきた。

 それには「グローバル化の進展による競争の激化」も影響している。新興国の安価な製品に対抗するのに,生産性の低い高給のホワイトカラーを大勢かかえるわけにはいかない。

■「普通のOL」「公務員」になるのも,なかなか大変
 有名ではない中小企業の,おそらく若い女子を想定していると思われる「一般事務職」,つまり「普通のOL」の求人があったとする。それはたいてい「1人」「2人」の募集だが,そこに数十人以上の応募があることもしばしば。
 公務員をめざす若者も多い。公務員の世界には「そこそこのホワイトカラー」がまだまだ残っている。でも,これも今や難関。小さな市町村の役所に入るにしても,予備校通いをして筆記試験に合格し,相当な倍率の面接を突破しないといけない。

■これからも就職は「厳しい」
 これから,一定の好景気がやってくることもあるだろう。しかし,「ホワイトカラー」にとってのよき時代が再び訪れることはない。世の中の仕事の仕方が変わっていくからである。最近になって日本経済では一定の景気回復の兆しや雇用の改善がみられるが,事務系管理職などの「そこそこのホワイトカラー」の職は増えていない。

 これから当面の日本では,多少の「景気回復」があったとしても,「実感がない」と多くの人は言うはず。失業率や有効求人倍率などからみて「雇用の改善」があっても,人びとは「就職が厳しい」と言い続けるだろう。「かつての中流的な仕事や生活がなかなか得られない」ということであれば,そうなる。


4.「平均が貴重な時代」における対応の選択肢

■対応の仕方はいろいろある
 ことさらに危機感をあおったり,「こんな社会はまちがっている」とさかんに憂いたりするつもりはない。対応策はいろいろある。若い人ほど,選択肢の幅は広い。ここでは「政策」ではなく,あくまで「個人としての対応」に話をしぼる。

(対応の選択肢)
1.「少数の高いスキル」を持つ人になる。
 未来の労働市場が,少数の高いスキルを持つ人材とその他大勢に2極化するというなら,自分は「少数の高いスキルを持つ人」になれないだろうか? 具体的には,それぞれの分野で上位何パーセントかの人になるということ。若くて元気な人は,それを目指すことをまず考えればいい。これは「これからの労働市場」をふまえた「仕事論」において主流の考え方。
 
  これは気が進まない,あるいは「無理」という人は,以下の道がある。

2.「賢い機械が苦手な仕事で,人を雇う意欲のある分野」で少しでも納得のいく職をみつける。
 たとえばある種の接客・サービスなどは,このような分野にあたる。 

3.納得のいく職がどうしてもなければ,自分で「小商い」「スモールビジネス」を立ち上げる。
 自営業者になるということ。あるいは「将来,小さな起業をする」ことを意識して職を選ぶ。

4.「そこそこのホワイトカラー」として安定したいなら,今もそのような職がないわけではない。
 若い人は,それをめざすことも考えられる。ただし,それなりの戦略や努力が必要。今の親世代のように,漫然とした取り組みで「そこそこのホワイトカラー」になれると思わないこと。

5.中高年の人は,今現在「まあまあ納得」の安定した仕事があるなら,大切にしよう。

6.「一生真剣にやってきたい」ということがあり,それがなかなか職業や収入に結びつかないなら,「食えないアーティスト・文化人」として生きる道もある。

 今の社会はかなり豊かになったので,「食えないアーティスト」が貧乏しながら生きていく余地も,昔よりはある。でも,その道へ行くかどうか迷うようなら,やめたほうがいい。

■中流や平均を安易に求めない
 すべてに通じるのは「今までの中流や平均を安易に求めても,うまくいかないし,楽しくもない」ということ。「中流」や「平均」を求めてもいいが,「それは簡単ではない」というイメージを持ち,「それだけがあるべき姿だ」と考えないこと。「平均は終わった」とまではいかなくても,「平均は貴重なものになってきた」のである。その状況に適応することを,考えてみよう。村上龍のつぎの言葉は,参考になる。

…進路を考えるときに,どの方向が有利か,というような問いは,経済力や学力に恵まれた子どもや若者だけに許された限定的なものだ。だから,どの方向が有利か,ではなく,どうすれば一人で生きのびて行けるか,という問いに向き合う必要がある。(村上龍『13歳の進路』幻冬舎,5ページ)

(以上,つづく)
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