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2015年09月14日 (月) | Edit |
 8月の半ばに,1時間ほどで読める世界史の通史 1万文字の世界史 という記事をアップしました。
*この記事は、2018年現在非公開としましたが、同記事をもとに2016年9月に日本実業出版社から『一気にわかる世界史』を出版しました。

 この記事は「短くまとめる」というほかに,「一定の視点で,世界史がひとつながりの物語になるように」ということを大事にしています。その「視点」とは「世界史における繁栄の中心が,となり・となりで移りかわっていく」というものです。名付けて「となり・となりの法則」。今回はその「法則」について。

人は人から教わる

 「となり・となりの法則」とはつぎのようなものです。

・世界史における繁栄の中心は,時代とともに移り変わる。

・新しい繁栄の中心は,「中心」の外側にあって,しかしそんなに遠くない「周辺」の場所から生まれる。周辺の中から,それまでの中心にとって替わる国や民族があらわれる。世界史は,そのくりかえし。

・だから,繁栄の中心が新しい場所へ移るときは,遠く離れたところではなく,世界全体でみれば「となり」といえるような,比較的近いところへの移動となる。つまり,「となり・となり」で動いていく。
 

 では,そもそもなぜ,繁栄の中心は「となり・となり」で移動するのでしょうか? 

 それは「人は,人から教わる」ものだからです。

 ふたつの集団が地理的に近いところにあれば,おたがいが接する機会は多くなります。それで,いろいろ教わったり刺激を受けたりできます。書物やモノ(すぐれた製品など)を通して教わる場合も,同じことです。距離が近いほうが,頻度が高くなります。

 しかし,さらに根本的なことがあります。「先人の肩に乗らなければ,高いところには行けない」ということです。「ゼロからいきなり、多くを生み出すことはできない」といってもいいでしょう。

 自分たちの文明のなにもかもを,独自につくりあげた民族や国というのはありえません。どの民族も,先行する人びとに学んでいます。そうでないと,発展することはできません。

 そして,「世界の中心」といえる高い文明を築いた隣人に学んで,それを十分に消化し、新しいことを加えることができた国や民族の中から,つぎの新しい「中心」が生まれてきたのです。ギリシア人,ローマ人,イスラム帝国を築いたアラブ人やその後継者,イタリア人,スペイン人,オランダ人,イギリス人,アメリカ人……これらの人びとはみなそうです。それを,「1万文字の世界史」の全体で述べました。

発明のむずかしさ

 ではなぜ,すべての民族は「先人の肩に乗る」必要があるのでしょうか? なぜ,「ゼロからいきなり多くを生み出すことはできない」のでしょうか?

 身もふたもない話ですが,それは創造というものが,それだけむずかしいことだからです。さまざまな努力や,一定の環境や,偶然などが重なってはじめて可能になる,一種の奇跡だからです。大きな創造ほど,そうだといえます。

 そこで,「創造の典型」として,発明というものについて考えてみましょう。まず,「紙の発明とその伝播」のことを取りあげます。

(紙の発明) 
 紙が発明されたのは,西暦100年ころの,漢の時代の中国だとされます。ただし,もっと古い時代(紀元前100年ころ)の中国の遺跡からも紙の一種がみつかっています。100年ころは「紙の製造の大幅な改良がなされた時期」ということです。

 紙は,「樹や草の皮などからとれる植物の繊維をほぐして,一定の成分を加えた水にとかし,うすく平らにして固める」という方法でつくります。「紙の時代」以前の中国では,木や竹を薄く・細く削った板をヒモで結びつけた「木簡」「竹簡」というものに文字を書いて記録するのが一般的でした。しかしこれは紙にくらべるとはるかに重くてかさばります。

 また,紙以前に,紙と似たものもつくられていました。5000年前ころのエジプトで発明され,ギリシアやローマでも広く使われたパピルスというものです(中国では使われなかった)。パピルスは,「パピルス草」という水草を薄く切ってタテヨコに二重三重に貼りあわせてつくります。

 しかし,パピルスには,紙のように折りたたんだり,綴じたりする丈夫さがやや不足していました。さらに,パピルス草という,エジプト周辺でしかとれない特殊な原料が必要なため,生産量に大きな限界がありました。一方,紙の製造にはこうした制約はありませんでした。紙の材料に適した植物というのはいろいろあって,その土地ごとに適当なものをみつけることができました。

 このように,紙というのはすばらしい発明でした。では,紙の製造法=製紙法の発明は,一度きりのことだったのでしょうか? 「このくらいの発明は,別の時にほかでも行われた」ということはなかったのでしょうか?

 結論をいうと,紙の発明は,世界史上一度きりのものでした。今,世界じゅうで紙がつくられていますが,その起源をたどると,すべて中国での発明に行きつくのです。

 製紙法は,中国で広がったあと,周辺のアジアの国にも伝えられました。日本には飛鳥時代の600年ころに伝わっています。

 それから,中国の西のほうにも伝えられました。600年代後半にはインドの一部に、700年代にはイスラムの国ぐににも伝わりました。ヨーロッパには,イスラムの国ぐにを通じて1200年代に伝わったのが最初です。

 その後,1400年代にはヨーロッパの広い範囲に製紙法が普及していました。この時点で,製紙法は世界のおもな国ぐに全体にいきわたったといえます。中国での発明から千数百年かかかっています。

 たしかに,現代にくらべれば伝わり方はゆっくりです。しかし,価値のある発明だったので,着実に広まっていったのです。そして,製紙法が世界に普及するまでの千年数百年のあいだ,世界のどこかで,独自に製紙法が発明されることはありませんでした。

(文字の発明)
 「世界史上の重要な発明は、かぎられた場所でしかおこっていない」ことを示す例は,ほかにもあります。
 たとえば文字の発明です。

 文字をまったく独自に発明した可能性があるのは,ユーラシア大陸(アジアからヨーロッパにかけての範囲)では2カ所だけです。紀元前3000年ころの西アジア(メソポタミア)と,紀元前1300年ころの中国(黄河流域)です。

 西アジアではシュメール人によって「楔形文字」の原型になる絵文字が,中国では漢字の原型となった「甲骨文字」というものが生み出されました。

 現在のユーラシア大陸で用いられている,さまざまな文字のルーツをたどれば,すべてこの2つのいずれかに行きつきます。

 なお,エジプトでも紀元前3000年ころから「ヒエロクリフ」といわれる文字がありますが,メソポタミアの影響を受けている可能性が高く,「独自」かどうかがはっきりしません。インドのインダス文明(紀元前2300~1700年ころ)にも,固有の文字(インダス文字)がありました。しかし,インダス文明もメソポタミアとの接触があったことがわかっています。インダス文字が独自のものかどうかは,よくわからないのです。

 つまり,文字を使う民族のほとんどは,自分たちで独自に文字を生んだのではなく,先行するほかの民族から文字を学んだということです。

 ユーラシア大陸以外では,中央アメリカ(メキシコとその周辺)で独自の文字がつくられています。しかし,この文字はその周辺地域を超えて広がることはありませんでした。

(農業=主要作物の栽培)
 「農業」もまた「限られた場所での発明」です。ここで「農業」とは,コメやムギやトウモロコシのような,今の世界で広く「主食」となっている主要な作物の栽培を指すものとします。

 そのような「農業の発明」は,ユーラシア大陸ではつぎの2か所でしか起こっていません。

・13000年ほど前の西アジア(メソポタミアとその周辺。コムギなど)
・9000年ほど前の中国(黄河流域。コムギなど)

 ユーラシアの農業のルーツをたどると,すべてこの2カ所のどちらかに行きつくのです。

 あとは南北アメリカ大陸の3つの地域で,4000~5000年前に独自に農業が始まっています。メキシコ周辺のトウモロコシ栽培、アンデスやアマゾン流域でのジャガイモやキャッサバ、北アメリカ東部でのヒマワリ…といったものです。南北アメリカ大陸では,1500年ころにヨーロッパ人がやってくるまで,ムギやコメは栽培されませんでした。

 このほか,西アフリカ,エチオピア,ニューギニアなど,ユーラシア大陸以外の数カ所で「独自に農業がはじまったかもしれない」とされる場所があります。しかし,これらの農業は世界で広く普及することはありませんでした。

このような例は,ほかにいくつもあげられます。製鉄の技術も,そのルーツをたどると,おそらくは紀元前1500年ころのヒッタイト人による発明・改良に行きつくのです。あとは中国で独自に発明された可能性があるくらいです。

 ***

大企業病

 これまで述べた「繁栄の中心がとなり・となりで移動する」理由はつぎのとおりです。

 「人は人から教わる」
 「自分たちだけで何もかも創造することはできないので、先行する他者に学ばなければならない」
 「先行する繁栄の中心によく学んだ集団の中から新しい〈中心〉が生まれる」

 ただ,もうひとつ整理すべきことがあります。「なぜ繁栄の中心は,いつまでも続かないのか」ということです。

 「繁栄の中心の移動」とは,それまでの中心が停滞・衰退し,新しい「中心」に追いこされていったということです。それまでに圧倒的な優位を築き,豊富なリソース(利用できる材料・資源)を持っているのに,どうして新興勢力に負けてしまうか。

 これは「文明や国家が衰えるのはなぜか」ということです。昔から歴史家や思想家がテーマにしてきた大問題です。いろんな説や視点がうち出されていますが,議論は決着していません。

 私としてはまず,そのような答えの出にくい,大きな「なぜ」に深入りするよりも,「繁栄の中心がとなり・となりで移動してきた」という現象・事実をしっかりとおさえたいと思います。とはいえ,世界史の基本的な事実を追っていると,「繁栄の中心が停滞・衰退するとき、何が起こっているか」について,みえてくることもあります。

 それは,衰退しつつある繁栄の中心では「成功体験や伝統の積み重ねによる、社会の硬直化」が起こっている,ということです。
 
 繁栄の中心となった社会は,それまでに成功を重ねてきています。そのため,過去の体験にこだわって,新しいものを受けつけないようになる傾向があります。もともとは,先行するほかの文明や民族からさまざまなことを取り入れて発展したのに,そのような柔軟性を失って内向きになってしまう。

 これを私たちは,国や文明よりも小さなスケールでよくみかけます。成功を収めた大企業が時代の変化に取り残されて衰退していく,というのはまさにそうです。「大企業病」というものです。

 2012年に破たんしたアメリカのイーストマン・コダック社は,その典型です。コダック社は,写真フィルムの分野において世界最大の企業でした。世界で初めてカラーフィルムを商品化するなど,業界を圧倒的にリードしてきました。しかし、近年の写真のデジタル化という変化の中で衰退し,破たんしてしまったのです。

 これだけだと,「デジタルカメラの時代に、フィルムのメーカーがダメになるのは必然だろう」と思うかもしれません。

 しかし,世界の大手フィルムメーカーの中には,今も元気な企業があります(日本の富士フィルムはそうです)。そうした企業では,デジタル化に対応する事業や,フィルム関連の技術から派生した化学製品などに軸足を移していったのでした。

 コダックは,やはりどこかで対応を誤ったのです。何しろ,1970年代に世界ではじめてデジタルカメラの技術を開発したのは,じつはコダックなのですから。また、現在において有望な分野となっている、ある種の化学製品についても、コダックは高い技術を持っていました。

 しかし,コダックは1990年代に大きな「リストラ」を行い,のちに開花するそれらの技術や事業を売り払ってしまいました。内向きな姿勢で,人材やノウハウを捨ててしまったのです。そして,伝統的に高い収益をあげてきたフィルム関係の事業を「自分たちのコアの事業だ」として残したのでした。その結果,つぶれてしまいました……

 コダックはまさに「過去の成功体験にとらわれて,新しいものを受けつけなくなった大企業」でした。

 世界史の中では,例えば1800年代の中国やオスマン・トルコ(当時のイスラムの中心だった帝国)は,そんな「大企業病」に陥っていました。

 当時の中国もオスマン・トルコも,ヨーロッパの列強から圧迫や侵略を受け,劣勢でした。そこで「ヨーロッパの進んだ技術を受け入れる」という改革の動きもあったのですが,成功しませんでした。

 中国もトルコも,それなりに財力もあり,優秀な人材もいました。また,さまざまなヨーロッパ人との接点があり,多くの新しい情報に触れることもできたのです。しかし「改革」はうまくいきませんでした。抵抗勢力の力がまさったのです。

 結局,中国の王朝もオスマン・トルコ帝国も,1900年代前半に滅亡してしまいました。

 中国もイスラムの帝国も,ヨーロッパが台頭する前は「繁栄の中心」でした。新技術などの文明のさまざまな成果も,生み出してきたのです。たとえば近代ヨーロッパの発展の基礎になった「三大発明」といわれる,火薬・羅針盤・印刷術といった技術は,もともとは中国で発明されたものです。

 しかし,中国ではそれを十分に発展させることはできませんでした。これは,コダックがデジタルカメラなどの,未来に花ひらく技術を開拓しながら,それを育てることができなかった姿と重なります。

 このような「大企業病」は,国家でも組織でも,さまざまな人間の集団で広くみられるものではないでしょうか(個人でもみられます)。

 だからこそ,「繁栄の中心」は、永遠には続かないのです。繁栄が続くと,どこかで「大企業病」に陥って、停滞や衰退に陥ってしまう。そして,その「停滞」を「周辺」からの革新が打ち破る。その結果,新たな「中心」が生まれ,遅れをとった従来の「中心」は「周辺」になってしまう……そうしたことが,世界史ではくりかえされてきました。ここでは立ち入りませんが,ローマ帝国でも,イギリスでも,衰退期には「大企業病」的な硬直化がみられます。

 ただ,くりかえしますが,当面私がテーマとしたいのは「繁栄の中心の移りかわり」という現象を,事実としておさえることです。「なぜ文明は衰退するのか」については,今の時点ではこのくらいにしておきます。

(以上)
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コメント
この記事へのコメント
こんにちは
そういちさん
こんにちは。
よい気候が続いていますね。
いかがお過ごしでしょうか?

「超要約版」いいですね。
これはもう丸暗記するくらいの対象だと思いますけど、いかがでしょうか。
2015/09/22(Tue) 12:07 | URL  | ST Rocker #GK7sQxxU[ 編集]
Re: こんにちは
ST Rockerさん,コメントありがとうございます。この1日2日ブログから遠ざかっていたため,返信が遅くなり恐縮です。
今日も気持ちのよい天気でしたね。
そのなかで,机に向かって今準備している世界史関係の原稿を書いたり直したりしておりました。この連休でとまった時間取り組むことができました。おかげさまで元気に好きなことをしています。

「超要約版」を評価していただき,ありがとうございます。
今の世界史の教科書は,あまりにたくさんの情報が詰まっていて,生徒も先生も消化できないのではないでしょうか。丸暗記できるくらいにまとめることは,やはり意味があると思います。
2015/09/23(Wed) 23:26 | URL  | そういち #-[ 編集]
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