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2016年04月02日 (土) | Edit |
 最近、ふと手にした福澤諭吉『学問すゝめ』の,「人望」について論じた一節。
 原文はやや読みにくいので現代語訳(和文和訳)すると,こんなことが書いてありました。

(福澤諭吉『学問のすゝめ』和文和訳)
 人望というのはその人が備えている知恵や人徳によるものではあるけど、天下や古今の事実をみると,そうでもない事例をみることも多い。やぶ医者が病院の構えなどの見てくれだけを立派にして多くの患者を集めたり、薬屋が見かけ倒しの宣伝でたくさん売ったり,インチキ商売のオフィスに立派な調度があったり,学者が読みもしない原書を本棚に並べたり,日曜日の午後に礼拝堂で涙した人が月曜日には夫婦喧嘩をしたり・・・・・・

 これらはみな,実際の能力・実績・人徳などの裏付けのない「ニセの人望」のことです。世の中には「ニセの人望」も多い,ということ。

 これを読んでまず思い出したのは、人気ラジオパーソナリティーのKさんが,学歴を詐称していたり,自分の実績を過大に言っていた件です。

 この人は「人望」を求めるあまり,多くのウソをついた。そのウソに残念ながら多くの関係者がダマされた。そのウソは彼が仕事を得たり,人からよい印象や評価を得るうえで役に立った。そして多くの人望を得たけれど,それは「ニセの人望」だった。

 このような「ニセの人望」を得て,結局それが「ニセ」だったこと,少なくとも「ニセ」の面があると発覚した事例は,確かにけっこうありますね。福澤諭吉の言うとおりです。最近だとたとえば「ハンデに負けず立派に美しく生きているはずの障碍者のタレント・文化人が,じつは激しく女性との不倫交際をくりひろげていて,幻滅させられた」とか。これは,勝手な思い込みにもとづく「幻滅」なのかもしれませんが。

 少し前だと,「大発見をしたはずの女性科学者が,じつは研究をねつ造していた可能性がある。少なくとも発見はまぼろしだった」とか「人につくらせた曲を自作といつわる男が〈病を背負った天才作曲家〉を演じていた」といったケースもありました。これらはかなり極端で明確な「ニセ」です。

 ひと昔以上前のことですが,当時売れっ子だった女性エッセイストYさんのことも,私は思い出します。その人のデビュー作である「節約生活」の元祖のような本は,90年代後半に数十万部のベストセラーになりました。その本には「公務員として福祉関係の仕事をしていたときドイツに何度も行き,ドイツ式のシンプルな生活を知った」ということが書かれていたのですが,その「公務員」や「ドイツに行った」という経歴はまったくのウソだったのです。

 「35年の住宅ローンを節約によって数年で完済」ということが,彼女の本の中心の話題でしたが,その話もすっかりあやしくなってしまいました。経歴詐称が発覚してからは,その著作をみかけなくなりました。

 こういうケースをみていると「人望とか世間の評判なんて所詮はウソばかり。そんなものを求めるのはまちがっている」という気持ちが湧いてきても,おかしくないのかもしれません。
 たしかにウソやねつ造をもとにした人望なんて論外です。でも,だからといって「人望なんて,くだらない」というのは,ものごとの一面だけをとらえた,歪んだ見方だと思います。じつは,福沢諭吉もそういうことを述べています。

(『学問のすゝめ』和文和訳)
 「世間の栄誉など求めない」というスタンスは,立派なようにもみえる。しかし,栄誉や人望を求めるべきかどうかを論ずる前に,まずその本質を明らかにすべきだろう。たしかに,さきほど述べた,外見だけ立派にしたやぶ医者や薬屋のような,虚名の極端なかたちなら,そういうものを遠ざけるのは当然である。
 
 しかし,社会の人間の営みは,すべてがウソに満ちているというわけではない。人の知徳は花や樹のようなもので,栄誉や人望は樹木に咲く花のようなものである。花や樹を育てて花を咲かせることが,どうしていけないのであろうか。栄誉や人望の本質をしっかりと見極めることもなく,どれも棄ててしまうのは,花を取り除いて樹木の存在を隠すようなものである。それは樹木の価値を殺してしまうことであり,世間にとっても損失である。 

 ならば,私たちは栄誉や人望を求めるべきなのだろうか?
 もちろん求めるべきである。努力をしてそれを求めることだ。
 ただ「自分の分にあった栄誉・人望を求める」ということが,とくに重要なのである。
 (原文《しからばすなわち栄誉人望はこれを求むべきものか。いわく,然り,勉めてこれを求めざるべからず。ただこれを求むるに当たりて分に適すること緊要なるのみ》)


 そう,だいじなのは「自分にあった人望を求める」ということ。
 これですよね。自分の本来の資質や能力から外れた人望をめざしてはいけない。
 もちろん努力はするのです。努力によって資質や能力が向上すれば,それに見合った花は咲くはず。
 努力せずに,あるいは努力したこととは異なる方向で花を咲かそうとしてはいけない。

 さて,学歴詐称のKさんの英語は上手だったといいます(ネイティヴがそう評価しているのを,ネットやテレビで見聞きしたことがあります)。きっと英語の学習では大変な努力をしたのでしょう。あるいは,若くして海外での生活体験をかなり積んだのかもしれません。また,パーソナリティやコメンテーターとして,さまざまなテーマに対し一応のことは発言できたのですから,大学など出ていなくても,読書や耳学問でそれなりの教養を身につけたのでしょう。そして,話術や呑み込みやすい表現には,非常に長けていた。

 つまり,若き日のKさんには学歴はなかったけど,それなりの能力・資質の「樹」がその中に育ちつつあったのです。
 だったら,その樹をそのままに大事に育てて,そこにふさわしい花を咲かせるべきでした。

 世の中には,大学を出ていなくても,立派な学歴・学位などなくても,文化人や知識人として栄誉を得ている人はじつはそれなりにいます。有名でなくても,その筋では「知る人ぞ知る」活躍をしている人なら,もっとたくさんいます。多くの文化人が属するフリーランスの世界は,実力社会なのでそれも当然です。若いころのKさんは,そんな「学歴とは関係なく花を咲かせた人」のやり方に学ぶべきでした。あるいはそのような見方を教えてくれる人に出会うべきでした。

 ところが,ウソをついてニセの花を咲かせてしまったのです。
 それも,テレビなどを舞台にした,かなり目立つ花を。
 そして,自分の持っている「ニセ」ではなかった部分まで,台無しにしてしまった。
 ニセの花は,大きく咲かせてしまうほど,取り返しがつかなくなります。

 若いころのKさんには,自信がなかったのかもしれません。
 自分の中に育ちかけている資質の「樹」の可能性を,信頼できなかった。
 自信のない部分を,経歴詐称というウソで埋めようとした。

 若い人が自信のなさを,ストレートな努力以外の何かで埋めようとするのはよくあることです。たとえばグループやコンビを組んで世に出ようとするのも,それにあたることがあります(1人でうって出る自信がないということ)。傍からみると無茶な冒険に走るのも,そうなのかもしれない。そういう形ならまあいいのですが,彼は「ウソ」という手段に走ってしまった。
 ただし「自分を深く信頼する」ことのむずかしさは,若い人にかぎったことではないのでしょうが・・・
 
 私たちは,Kさんのようなまちがいをしないようにしたいものです。
 つまり,「自分にあう人望」というコンセプトを忘れないように。
 自分という樹にふさわしい,本物の花を咲かせるように。

(以上)
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コメント
この記事へのコメント
そう,だいじなのは「自分にあった人望を求める」ということ。これですよね。自分の本来の資質や能力から外れた人望をめざしてはいけない。
 もちろん努力はするのです。努力によって資質や能力が向上すれば,それに見合った花は咲くはず。
 努力せずに,あるいは努力したこととは異なる方向で花を咲かそうとしてはいけない。


いつか花は咲く という思いを抱きながら今も生きています。
花は咲かないかもしれない,でもその思いがまたいい感じが
しています。

ただし「自分を深く信頼する」ことのむずかしさは,若い人にかぎったことではないのでしょうが・・・

これは最も難しいですね。自分を好きになることの大変さは日々
痛感しています。
2016/04/05(Tue) 07:06 | URL  | かずゆき #-[ 編集]
Re: タイトルなし
かずゆきさん,コメントありがとうございます。

> いつか花は咲く という思いを抱きながら今も生きています。
> 花は咲かないかもしれない,でもその思いがまたいい感じが
> しています。

私もおっしゃるような「いつかは」という感じでやっているクチかな,と。

ただ,「花」というのは,この記事では(例のKさんのことを取りあげたこともあり)「世の中で相当な評価を得る」みたいなイメージで語っていますが,じつはもっと小さなものも大事だと思っています。家族や,同僚や普段接する顧客など,身近な範囲内での信頼や評価です。そういう「小さな花」も,ほんとうに咲かせるのはかなり大変だと思います。世の中のかなりの人は,そのような花を咲かせているフリをしているだけなのかもしれない。

また,その「身近な小さな花」だって,自分の本来の性質に即したものでないと,やはり幸せではない。無理をしてしまうと息苦しいわけです。そんなことを,頂いたコメントから考えました。
2016/04/06(Wed) 07:36 | URL  | そういち #-[ 編集]
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