2016年04月24日 (日) | Edit |
 今日は1日家にいます。この何か月かは土日はだいたい家にいて読んだり書いたり,ということが続いています。自分なりに大事な「仕事」をしていたのです。つい先日,それはひと段落しました。

 家にこもる日は,3食を家でつくって食べて,風呂に入って,寝るわけです。妻が用事や仕事ででかけていることもよくあるので,食事は自分でつくることも多い。今日は朝は妻がつくり,昼は私がつくった。さっき小腹が減ったので,ひとりでチャーハンをつくって食べ,インスタントコーヒーを飲みながら少しテレビをみていた。夜は私がつくる予定です。豚バラ肉とキャベツがあるので,それで何か。缶ビールも1本あるから,飲もう。

 そんなふうにしていると,家にこもって自分の好きなようにふつうに暮らせることがじつに心地よく,ありがたいと感じます。
 食べたくなったらすぐにチャーハンをつくって食べることができるのは,すばらしいことだ。
 震災の被害で,そのような暮らしが壊されてしまった方たちが大勢いるわけです。少しでも早く復旧が進むことを祈ります。

 ***

 今の朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主人公は,雑誌『暮らしの手帖』を創刊した大橋鎮子(1920~2013)をモデルにしています(ただし,大幅にフィクションが入っている)。大橋は,編集者の花森安治(1911~1978)とこの雑誌をはじめたのでした。この朝ドラを,ウチではほぼ毎回みています。

 『暮らしの手帖』は,昭和23年に創刊されました。まだ戦後間もない混乱期で,食糧やさまざまな物資の不足に多くの人びとが苦しんでいました。そんな時代に,ただ生きるだけでなく,毎日の「暮らし」をいかに美しく充実させていくかをテーマにした雑誌をつくった。戦争によって,史上空前の規模で多くの暮らしが破壊されたあとすぐに,です。雑誌の作り手には,どれほど強い想いがあったことでしょう。

 2~3年前に馬場マコト『花森安治の青春』(白水社,2011)という本を読みました。読んだあと,このブログでその本を紹介したこともあります。花森安治には少し関心があり,伝記類を2~3冊読みました。

 『花森安治の青春』では,花森の少年時代から,『暮らしの手帖』を創刊し,軌道に乗せるまでを描いています。花森については,酒井寛『花森安治の仕事』や,唐澤平吉『花森安治の編集室』などもありますが,青年期に焦点をあてているのがこの本です。

 花森は太平洋戦争のころ,「大政翼賛会」という,戦争のための国家的組織の宣伝部で,メインのプロデューサーとして働きました。

 それを「戦争協力」として非難する向きもあります。
 ことさら弁護するつもりはありませんが,この本を読んでいて,「とにかくこの人は,置かれた状況で精いっぱい生きようとしたんだ」と感じました。

 花森や彼がスカウトした人材が入ってくるまで,大政翼賛会の宣伝は低レベルなものでした。また,組織全体としても,偉そうにするばかりで,ロクに仕事をしないのがあたりまえの状態。

 そのなかで,花森たちだけが,せっせと「創造的な,いい仕事」をしていた。
 そうせずにはいらなれなかった,という感じがします。
 ただ,それは「戦争」という忌まわしい目的に奉仕するものだった。

 終戦直後の1945年の暮れに,34歳の花森は,大橋鎮子(当時25歳)と,出版社を立ち上げます。大橋は,当時花森が仕事をしていた小さな新聞社の社員でした。大橋が社長で,花森が編集長。そして,3年ほど後に『暮らしの手帖』が生まれます。

 若い2人は,焼け跡のなかで,まさに精いっぱい生きようとしたのです。そして今度は,権力におしつけられた課題でなく,自分でえらんだ「目的」や「価値」にむかっていったわけです…

 やっぱり人というのは,とんでもない悲惨や破壊のあとでも,新しく何かをつくるために動けるのだ,と思います。少なくともそういうことができる人が必ずいる。とくに若い人の中に。『暮らしの手帖』をつくったときの大橋も花森も若かった。若くなくても,少なくとも体が動くなら,暮らしを取り戻して,先を少しでも良くするために,何かをしていくのでしょう。

(以上)
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