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2017年04月24日 (月) | Edit |
「近代社会を精いっぱい生きる」というエッセイ。前回の続きの、後編です。

(前回の要約)

・現代社会は近代社会である。近代社会とは「自由な社会」。自由とは「したいことがでること」。

・技術の発達や政治的・法的な制約が撤廃されたことで、私たちの自由は拡大している。昔なら特権的な人にしかできなかったが、今は多くのふつうの人にもできる、ということが多数ある。

・そのような「自由」を、まず自覚しよう。しかし一方で(当然だが)なんでも思いどおりにはいかない。

・世の中には供給に限りがあるさまざまな「希少」なものがあり、これらを手に入れることは「自由」にはいかない。たとえば、良質の天然素材でできた何か、一流のアーティストのライブを体験する、就職先として人気のある有名企業への入社等々。

・このような希少なものにこだわるのではなく、数に限りのないよろこびや楽しみに目を向けよう。たとえば、何かを学んだり、つくりだしたりする喜び。

・これらは、誰かがそれを手に入れたからといって自分の分が減るということはない。いわば「食べてもなくならないケーキ」のようなもの。これに関心を向けることが重要だ。

***

近代社会を精いっぱい生きる

未来のごちそう


●希少なものを変質させる

こんどは、「“希少性”をどう扱うか」について、もう少し考えます。

本来、最も創造的といえるのは、「従来は希少だった“あこがれ”を、誰もが手にできるようにする」ことです。希少性を克服する革新は、大きな業績です。

だからこそ、活字印刷の発明者のグーテンベルクや、産業革命におけるワット(蒸気機関の発明者)のような人物は偉大なのです。近年だとスティーブ・ジョブズ(アップル創業者)のような人物も同様です。大組織でしか使わない希少な存在だったコンピューターを、個人の日常に持ち込むことに貢献したのですから。

希少性を克服する革新のやり方には、共通の基本があります。それは「希少なもの」を、量産に適合するように変質させることです。「希少なもの」をそのままのかたちで、みんなにいきわたらせることは、多くの場合できません。

たとえば、すばらしい絵画のオリジナルをみんなが所有することはできないので、コピーを印刷したり、画像データで複製したりするのです。あるいは昔の貴族や富豪のように「お抱えの楽団」を所有することはできないから、オーディオ機器を使うわけです。

手書きの写本が印刷になることも、人力や家畜が動力機関に置きかわることも、このような「希少性を克服する変質」です。
パーソナル・コンピューターも、従来の本格的な業務用コンピューターとくらべ、大幅に簡素なつくりです。パソコンの初期の時代には、「こんなものはおもちゃだ」といわれることも多かったのです。

音楽ソフトは、希少性の克服が近年で最もすすんだ分野です。この10数年でたいていの楽曲の海賊版が、タダでいくらでも聴けるようになりました。音楽業界は大変です。

これは、音楽ソフトのデータ容量を、音質を落とさずに削減する技術が進歩して、ネットでの送信や複製が容易になったためです。
データの意味や価値を保ったまま容量を削減する技術を「圧縮」といいます。1990年代半ばに音声データの画期的な圧縮技術である「mp3」という規格が開発され、その後数年のうちに普及しました。

mp3によって、CDのデータを12分の1に圧縮できます。それでも、人間が感じにくい部分のデータをうまく取り除く技術によって、再生したときCDとくらべ遜色がないのです。このような技術は「希少性を克服する変質」の、近年の代表例です。*11


●未来のごちそう

これからの時代は、「希少なものを変質させて普及可能にする」ことは、さらに重要になるでしょう。発展途上国の生活水準が向上し、多くの人たちがより良いものを求めるようになります。そこで、さまざまなものがますます希少になる。

たとえば未来において、世界じゅうの100億の人たちみんなで天然のいいマグロを食べるのは、おそらくむずかしい。地球上にそれだけの天然のマグロはいません。マグロの種のなかで「王様」といえるタイヘイヨウクロマグロ(クロマグロ)は、国際自然保護連合(IUCN)という機関によって2014年に絶滅危惧種に指定されました。*12

それでも100億人でうまい寿司が食べたければ、「いい寿司、うまい寿司」の概念を変えていかざるを得ない。たとえば養殖魚を質・量ともに充実させ、積極的に評価する。これについては現時点でさまざまな取り組みがあります。*13

さらにいえば、何十年後かの世界では、アマゾン川やアフリカの湖あたりで養殖した何かの魚を「トロ」と呼んで食べているかもしれません。あるいは、カニカマのようなフェイクの食品が、重要な寿司ネタになっているかもしれない。最近でも、貴重になったウナギのかば焼きの高度なフェイクが開発されたりしているのです。なお、ヨーロッパウナギは2010年に、ニホンウナギは2014年に絶滅危惧種となっています。*14

これをさらに突き詰めれば、もはや寿司とはいえない何らかの新しい「ごちそう」が生まれるかもしれません。

養殖魚やフェイクのネタによる寿司、あるいはその先にある何かのような、希少なものを変質させた食べものは、いわば「未来のごちそう」です。


●感覚を柔軟にして適応する

そのような「未来のごちそう」をおいしく食べるには、私たちの感性や価値観を変えていく必要があります。従来の「希少なもの」を称賛する感覚から距離を置くのです。「天然」「本物」にこだわり過ぎない、ということです。

フェイクの寿司ネタであっても、それが絶妙につくられていて美味しいということもありえます。そうであれば、「これはこれでいい」と考える。

これからは、暮らしの中のさまざまな要素が「未来のごちそう化」していくでしょう。つまり「多くの人にいきわたらせるために変質させたもの」が浸透していく。

たとえば住まいについては、いい木材を使った家具やインテリアは、これからますます希少なものになるでしょう。そこで、合板(いわゆるベニヤ板)のような、もともとはフェイク的な位置づけの素材が重要になります。

合板とは、薄い木の板などを接着剤で貼り合わせたものです。上等な無垢の板がとれるくらいに十分に育った樹でなくても、つくることができます。これも「希少性を克服する技術」のひとつです。

近年は下の写真のように、合板独特の薄い板が積み重なった切り口を「味わい」として前面に出すことがあります。

 ベニヤっぽい切り口
 ベニヤっぽい切り口
 筆者・そういちの自宅のテーブル

こういうことは、日本ではこの20年くらいで一般的になりました。昔は、このような切り口は化粧板を貼って隠すことが多かった。でも近年の私たちは、「合板の美」を「未来のごちそう」としてたのしむようになったのです。

とはいえ、無垢のいい木材も、もちろん好きです。つまり、私たちの木材についての「美」の感覚は、より幅広く柔軟になったということです。

私は趣味として建築やインテリアに興味があるので、やや細かい例をあげました。みなさんも興味のある分野をみると、「未来のごちそう化」が起きているなんらかの事例に気がつくでしょう。

「美しさ」や「いいもの」についての感覚を柔軟にして「未来のごちそう」に適応する――これは、これからの世界で気持ちよく生きるうえで大事な姿勢です。

ただし最近は、合板でさえかなり希少になってきました。カフェなどの「木を使ったナチュラル風」のインテリアが、木目をプリントした合成樹脂で出来ていたりします。かなり精巧な「木目」もありますが、そこに「美」を見出すことは、私にはまだできていません。こういうプリントは、素材の本来の姿をごまかす不正直な感じがするのです。

いくら「量産に適合するように変質させる」といっても、この手の不正直なやり方は「未来のごちそう」としてはどうかと思います。

これに対し、ありのままの「合板の美」を前面に出すのは「正直」なやり方ということです。こうした「正直・不正直」をかぎ分けることも、「未来のごちそう」的なものとつき合う上では、重要なはずです。


●「未来のごちそう」をつくり出す

そして、「未来のごちそうに適応する」ことをおし進めると、自分で「未来のごちそう」をつくり出すことに行きつくはずです。つまり、希少なものをうまく変質させて多くの人に届ける。そのことで暮らしや社会を変えていく。

前にも述べたように、そのようなことは、近代社会における多くの創造的な偉業の核心です。

偉大な発明家や起業家は、グーテンベルクやワットやジョブズの場合のように、しばしば「希少性の克服」という課題に取り組んでいます。そして、その解決のために「希少なものを変質させる」ことを行ってきました。

最近の身近な・劇的な技術革新の例として、音声データの圧縮ということも、取り上げました。

mp3で圧縮されたデータはオリジナルの音源とくらべ多くのものが抜け落ちているので、貧弱なフェイクにすぎないともいえます。そこで、これを低くみる音楽関係者やマニアもいます。しかし、送受信や複製のしやすさという機能を持ち、それによって多くの人が楽しむことができます。

それはここでいう「食べてもなくならないケーキ」や「未来のごちそう」なのです。

mp3がもたらしたことについての評価は、まだ定まっていません。その恩恵を受けている人たちが世界じゅうにいる一方、海賊版に著作権ビジネスを侵害された音楽業界にとっては大問題です。音楽のつくり手が経済的に報われにくくなり、音楽文化が衰退するのではと心配する声もあります。

「未来のごちそう」は、反発されたり物議をかもしたりすることがあるのです。とくに、「本物」志向のつよい人や、既得権の側からは嫌われやすいです。

しかしそれでも、このようなインパクトの大きな「未来のごちそう」を生み出すのにかかわった人たちは、現代の創造的な人間の典型といえるでしょう。

mp3開発の中心となったカールハインツ・ブランデンブルク(1954~、ドイツ)はもちろんのこと、海賊版のデータを共有するのに使われた画期的なソフトやサービス(1999年に開発されたナップスター)をつくったショーン・ファニング(1980~、アメリカ)のような人物も、大きな業績をあげたといえます。


●いろんな分野でつくり出せる

「未来のごちそう」は、いろんな分野でつくり出すことができるはずです。mp3のような技術の世界にかぎった話ではありません。先端技術がメインの要素ではない、生活や文化のきめ細かなサービスの領域でも、できることがあるはずです。

たとえば、ほんの一例ですが、つぎのようなことです。

・住宅建築の分野では、安価な素材で美しく快適な住まいをつくる技術やセンスが、一層重要になる。これには素材や工法だけでなく、設計やデザインを革新することが重要。つまり、住まいに対する考え方を変えていく必要がある。

・安価な材料で(できれば手軽に)おいしいものをつくるノウハウの開発は、食べものに関わる多くのプロやアマチュアがすでに取り組んでいる。まさに「未来のごちそう」をつくる取り組み。これは、今後ますます盛んになり、さまざまな成果が生まれるだろう。

・教育分野でも「未来のごちそう」を生み出すことは必要。それはつまり、特別な先生に出会う、環境の整ったエリート校に行くなどの希少な機会に恵まれなくても、質の高い教育を受けられるようにすることである。そのためには、たとえば「多くのふつうの教師にも充実した実践が可能となるメソッドやプログラムの開発」といったことが課題である。*15

社会のあらゆる分野で、大小さまざまの「未来のごちそう」はつくり出せるはずです。それがうまくできれば、人びとの自由の拡大に貢献したことになります。

そして、つくり出す側でなくても、新しい「未来のごちそう」があらわれたとき、その価値を認めてユーザーやサポーターになることも、創造的といえます。評価の定まらない新しいものを早くから支持するのは、なかなかできないことです。

たとえば私も「現在よりも大幅に安価で、しかも美しく住みやすい住宅」が開発されたら、ぜひ欲しいです。しかしそのような住宅は、従来とはちがう発想や価値観でつくられるので、最初はかなりの人が「これって、どうなんだ?」というはずです。それを人よりも早く支持するのです。

でもそんな家って、どんなだろう? こじんまりとした、簡素な小屋のようで、しかし一定の設備はコンパクトに備わっていて……想像していると、たのしいですね。

やはり近代社会は、いろいろと考える余地や自由があるので悪くないです。「昔はよかった」「自由や平等のような近代の価値観を疑え」という人もいますが、それよりもあらためて「自由な社会」の可能性に目を向けたらいいのです。(おわり)


(注)
*11 mp3の開発・普及の歴史については、スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』早川書房、2016年 がある。mp3は、当初は権威のある人たちにはなかなか理解されなかった。しかし無名の若者たちによる、海賊版を流通させたナップスターなどのサービスやそのコミュニティによって、急速に広まっていった。同書は、その経緯を興味深く描いている。

*12 マグロその他の水産資源の状況については、勝川俊雄『魚が食べられなくなる日』小学館新書、2016年、22~25ページ による。
  
*13 マグロの養殖では、近畿大学水産研究所が2002年に完全養殖(稚魚からでなく卵を孵化するところから飼育すること)に成功した「近大マグロ」が有名。

*14 うなぎのかば焼きのフェイクとしては、カニカマのような「すり身」の技術でつくられた「うな蒲ちゃん」(株式会社スギヨ)などがある。

*15 私がよく知る(その会員でもある)民間の教育研究団体「仮説実験授業研究会」は、1960年代からこのような観点の研究を行っている。これについては、板倉聖宣『仮説実験授業のABC 第5版―楽しい授業への招待』仮説社、2011年 など。

(以上)
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