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2013年03月12日 (火) | Edit |
この数日は,2年前の大震災のことで,悼んだり,考えたりする人たちの姿があちこちでみられました(テレビや新聞でみたことですが)。多くの場合,すこし立ち止まって,日常の手をとめて,それは行われました。意義のある,必要なことだと思います。
 
でも一方で,「なにがあっても,ふだんの仕事の手をとめない」という人たちもいます。
 
昔の人ですが,明治から昭和の前半にかけて活躍した評論家・徳富蘇峰(とくとみそほう,1863~1957)は,その典型でした。蘇峰は,同時代の物書きでは,おそらく最もたくさんの本を書いた人でしょう。代表作『近世日本国民史』は,全100巻にもなります。
 大正7年(1918)にこれを新聞連載として書きはじめたとき,彼は55歳。完成したのは,昭和27年(1952)の89歳のとき。

彼はこの本の雄大な構想を完成させるため,とにかく毎日書き続けました。ほかの仕事の原稿も書きながらです。旅行中はもちろん,息子が死んだ日も書きました。関東大震災(大正12,1923)のときは,都内の自宅がめちゃくちゃになったので,庭に机を出して書きました。

***

そういえば,2年前の大震災の直後,アニメの宮崎駿監督が言っていました。宮崎さんは,周囲が「一時スタジオを休みにしたほうがいいのでは」というのにたいし,「こういうときこそ仕事をすべきなんじゃないか!こういうときも描きつづけたという伝説をつくろうじゃないか!」と強く主張していたのです。NHKの番組『プロフェッショナル』でみた光景です。当時,宮崎監督のスタジオは,新作映画の製作が追い込みをむかえていました。

みていて,私のなかでは宮崎駿と徳富蘇峰がダブりました。

「大災害や家族に何かあったときくらいは,仕事を休んでしかるべき」というのが,やはり常識的でしょう。私も,だいたいそういう人間です。

でも,世の中には,自分が動けるかぎりはけっして「仕事の手をとめない」人がいる。いろんな分野や現場にいるのです。そういう人も必要です。その人たちの活動は,大きな不幸をのりこえて社会が前進するための力になっていくのでしょう。

(以上)

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テーマ:雑記
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
板倉聖宣先生があのとき,東関東の入門講座を自粛したことについて,「本当はこういうときにこそ,実施するべきだったんだ」とおっしゃっていた姿を思い出しました。
2013/03/16(Sat) 16:11 | URL  | つかぽん #-[ 編集]
大震災のあと,仮説実験授業研究会のイベントが中止になったのですね。板倉先生(同研究会代表,教育学者)は,たしかに「仕事の手をとめない」側の人でないかと思います。20歳くらいからもう60年以上,ずっと研究を続け,今も元気に仕事をされています……
2013/03/16(Sat) 22:39 | URL  | そういち #-[ 編集]
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