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2019年10月10日 (木) | Edit |
先週末にやっと高畑勲展(東京国立近代美術館)をみてきました(10月6日に終了してしまいましたが)。「ハイジ」「火垂るの墓」などで有名なアニメーション監督の仕事を回顧する、大規模展。

この展示をみてあらためて気が付いたのは「高畑監督は今の日本のアニメでおなじみの、生活を緻密に描き出すアニメの発明者だった」ということ。それは高畑1人によるものではないが、その業績の中心にいたということ。

その発明は1970年前後の頃(1960年代末から1970年代前半)のことだった。野心作だったけど大コケした映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)から、『アルプスの少女ハイジ』(1974)にかけてのこと。「ホルス」は高畑の初監督作品。「ハイジ」は初めて(事実上の)監督として手がけたテレビシリーズで、こちらは大ヒットした。

「生活を緻密に描き出すアニメ」は、「ホルス」が先駆で、「ハイジ」によってかたちになり、みとめられるようになったといっていい。

それまでのアニメはあくまで子ども向けで、リアルさ、緻密さの要素は弱かった。たとえば銃や車が出てきたとしても、マンガ的・抽象的な「銃」「車」である。しかし、高畑勲やその周辺の人たちは、具体的なブランド・商品がわかるようなモノをアニメに登場させた。

高畑が演出の1人として参加した、最初のテレビシリーズのルパン(1971)はまさにそうだった。ルパン三世が持つのはワルサーP38という、実在の銃である。運転する車もフィアットの実在するタイプのものだったり。(この点については、当時の「ルパン三世」のチーフアニメーター・大塚康生の著作『作画汗まみれ』文春ジブリ文庫による)

ハイジにしても、「ロケハン」といって、スイスのアルプスにスケッチや撮影に行って、綿密に取材したうえで作品の舞台をつくりあげた。そんなことをテレビマンガで行うなど、当時は常識外だった。そしてそれは、当時は認識されていなかったが、世界の最先端でもあったのだ。

なお、「ホルス」は、北欧をモデルにした世界を舞台とするファンタジーだが、村人の暮らしの様子が、ロケハンこそしていないものの、かなりリアルに描かれている(今回の展示で再確認した)。そのときの試みを「ハイジ」でさらにつきつめていったのである。

今の日本のアニメで傑作とされるものの多くは、高畑監督とその仲間が築いた「緻密な生活描写」の土俵のうえで行われた仕事だ。たしかに精緻化はすすんだ。ものすごく細かくリアルに、また美しく描かれた東京の街や地方都市や学園の風景などが出てくる。

しかし一方で、今から半世紀前の若いクリエイターたちによる革新を大きく超えているわけでもないように思う。「進歩」「発展」はあるのだけど、フロンティアを開拓しているという感じではない。その開拓は高畑監督たちの時代でおわってしまった。「生活を緻密に描き出すアニメ」は、もう見飽きるほどおなじみになった。

こういうことは、日本文化のほかのジャンルでもいえるのではないだろうか。

つまり、創造の活気がこの30~40年で落ちたということだが、それは日本だけでなく欧米でもいえると思っている。これは世界的な現象ではないか。音楽とか美術とか建築とか、ほんとうにそうなっている。

それぞれの分野に詳しい人なら、思い当たるところがあるだろう。つまり、基本的なアイデアはかなり前に出尽くしていて、今の作り手は過去の遺産を精緻化したり、組み合わせたり、崩したりして、自分たちのオリジナリティをどうにかして出そうとしているのだ。

(以上)

別ブログ「そういち総研」の記事も最近また更新しました
大人のための世界史の勉強法

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