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2019年10月26日 (土) | Edit |
テレビでみて知ったが、「正倉院の世界」展が今日から奈良と東京・上野で始まったそうだ。正倉院は、奈良時代(1300年前頃、文化史では天平時代という)の天皇ゆかりの品などをおさめた倉で、奈良の東大寺の一画にある。

もともとは奈良時代の官庁や寺院の主な倉庫一般を「正倉院」というのだが、今も残っているのは東大寺の正倉院だけなので、正倉院といえばそれを指すようになった。

正倉院の宝物について、博物館の学芸員の人が「その工芸品としての見事さを味わってほしい」ということを言っていた。テレビの出演者たちも宝物の画像をみて「こんなすばらしいものが1300年前につくられていたんですね」と感心していた。

たしかに正倉院の宝物には、天平の当時ならではの美しさがあると思う。しかしそれ以上にすごいのは、1300年前の品物の数々があれだけの保存状態で残っているということだ。

1300年前の世界(西暦700年頃)というと、中国では唐王朝が繁栄していた。西ではイスラムの巨大な帝国も勃興していた。これらの世界の「中心」には、きっと正倉院以上の宝物がはるかに大量に存在していたことだろう。

正倉院の品々も当時の世界ではすぐれたものではあったはずだが、世界で本当に最高のものであったか、というと話は別だ。その頃の日本は、まだ周辺の新興国だったのだから。

しかし、当時の唐やイスラムの帝国の皇帝たちの宝物殿など、今は残っていない。1300年前の世界の文明の中心の宝物は、そのほとんどが失われ、断片的に残っているだけ。正倉院ほどの保存状態でまとまったコレクションが残っているなどということはない。

つまり、ほかの国の人たちは、日本以上の長い歴史を持つ中国の人たちでさえも、正倉院にあたるようなものを持っていないのだ。

今の私たちが正倉院展を見物できるのは、1300年の間、日本の社会が、世界の中心的な地域に比べて安定していたからだ。

たしかに戦国時代のような戦乱はあった。しかし、国の根本が崩壊し、文化や伝統が断絶することにはならなかった。異民族による侵略・征服も限られていた。ただし太平洋戦争のときは、正倉院にとっての危機だったはずだが、幸いなことに破壊を免れた。

正倉院の品々は、私たちの国の比較的安定した、幸福な歴史を象徴しているのだと思う。

テレビでは、当時の天皇が用いた衣装や家具を、奈良の博物館長の「イチオシ」として紹介していた。その家具は、やはり1300年前のものとは思えない。せいぜい江戸時代くらいの骨とう品にみえる。すごい。なんだか見に行きたくなったが、混んでそうだなあ……

(以上)

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