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2019年10月28日 (月) | Edit |
最近、狭い家、小さな家に関する本を2冊読んだ。ひとつは高村友也『スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方』(ちくま文庫)。

アメリカ発の「スモールハウス」というムーブメントがある。数坪程度の小さな小さな家を建てて暮らす。それによってローンやムダなモノに縛られず、シンプルかつ自由に生きていこうーーそんな人たちがいるのだそうだ。

アメリカ、オーストラリアの数人のスモールハウスを、著者の高村さんが取材している。高村さん自身も、雑木林の土地を買い、そこにセルフビルドの小さな小屋を建てて暮らしている(ただしその小屋と都会のアパート2か所の暮らし)。

もう1冊は、加藤郷子『あえて選んだ せまい家』(ワニブックス)。

30~50平米ほどの「せまい家」をあえて選び、リフォームやインテリアの工夫などで快適に暮らす人たちを、ライター兼編集者の著者が取材した本。たとえば30平米のワンルームに、夫婦2人で素敵に暮らしている様子が紹介されている。

この方たちはもっと広い家に住む経済力もある。しかし、都心に近い便利な場所で、小さな部屋を隅々まで整えて暮らすのが心地いいのだという。限られたスペースなので掃除も楽だ。

最近、本屋のインテリアのコーナーに行くと、「狭い家」「小さな家」をテーマにしたものが、以前より目につく。少し前に「ミニマリスト」(最小限のモノで暮らす人)という言葉が流行った。その言葉は最近は定着しているようだ。そういう「ミニマム(最小限)」への志向が高まっているということなのだろうか。

今よりも、もっと「小さな暮らし」をしたいという気持ちは、私にもある。

私は20坪、66平米ほどの昭和時代に建てられた団地をリノベして、夫婦2人で住んでいる。住み始めて10数年。たいへん気に入っていて、この家は自分にとってほんとうに大切なものだ。

しかし一方で、この家に住み始めた40歳ころとくらべて、自分が変わってきたのも感じている。たとえば「いろんなものが欲しい、揃えたい」ということが、当時よりも少なくなった。

40歳ころまでは、欲しいモノを買って家におさめていくのがうれしかった。結婚して10年ほどのあいだは、モノが年々増えていった。しかしこの10年は、家のモノが大幅に増えたということはない。たぶん我が家は、50代の夫婦2人暮らしとしてはモノは少ないほうだ。何千冊かある私の本を除いては。

それでも、買ったモノの多くを使っていない。本だって、蔵書の8~9割はこの1年手に取っていない。

40歳のころは「20坪の限られたスペース」だと思っていたけど、最近は「20坪って、私たち2人には結構な邸宅だ」と感じる。家でくつろぐとき、リビングのソファ周辺のわずかな一画で、2人で何時間もこじんまりと過ごしたりしている。

もっと少ないモノで、小さな狭い家で(20坪だって十分狭いけど、もっと)暮らしたら、たしかに気持ちいいかもしれない。使わないモノや空間を抱えているのは、大きな石を背負っているようなものだ。そんなことをときどき思います。

ただし、私がイメージする「小さな暮らし」は3坪のスモールハウスや小さなワンルームみたいな「究極」ではなく、もう少しマイルドなものだ。今より4~5割減といったところか。

それを近いうちに実行するという予定はない。でも、今回読んだ2冊にあった、極めた人たちの暮らしをみていると、「こんなミニマムな暮らしが可能なんだ」というイメージを描ける。自由になれそうな感じがしてくる。

(以上)
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