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2013年03月18日 (月) | Edit |
歌人の穂村弘さん(1962~)のエッセイに,こんなくだりがありました。スタバでお茶をしながら考えたこと。

《将来,何になろう。
どこに住もう。
誰と暮らそう。
何をしよう。
そこで,ふっと思い出す。
あ,もう,今が将来なんじゃん。
俺,四十一歳だし。
何になろうってのは,総務課長になってるんだし…》

(「クリスマス・ラテ」『本当はちがうんだ日記』集英社文庫)

このエッセイには,こんなくだりもあります。お母さんとの会話。

《「おまえ,将来何になるんだい?」
いやだなあ,お母さん,もう今が将来なんですよ》


何年か前にこれを読んだとき,げらげら笑ってしまいました。穂村さん独特の,シュールな味わいの冗談。でもそれ以上に「これ,オレのことじゃん」と。

当時の私は,十数年務めた会社を辞め(最後の役職は,私も総務の課長だった),起業を試みたのですが撤退し,無職でした。四十半ばにして,なんの仕事もなく,ブラブラしていました。お金もありません。事業に貯金をつぎ込んだので,借金は負ってませんが,すっかり丸裸の状態。

そんな私に母が「あんた,これから何するの?」と会うたびに言っていました。私も,「ほんとに,これから何をしようか」と考えていました。

四十半ばというのは,まさに若いころに考えていた「将来」です(穂村さんの言うとおりです)。なのに,母親に「将来何になるんだい?」などといわれている。笑っちゃうよね……
 
でも,これはそんなにシュールなことではない,と今は思います。

40代くらいの働きざかりで,それまでのキャリアをいったんリセットし,新しい仕事をはじめる。もう一度,新しいキャリアを築くための勉強や修行をやりなおす。そういうことが,これからはかなり一般的になるのではないでしょうか。

つまり,四十過ぎて「将来,何になろう?」と考えるのも,結構あたりまえになる。そんな時代がくるのではないか。いや,すでにそうなっている?(とくにアメリカあたりでは)

以上のようなイメージは,無職だった私が,その後「キャリア・カウンセリング」という分野の資格勉強をはじめたときに読んだ,テキストや本に述べられていました。

キャリア・カウンセリングというのは,要するに人の職業選択などの相談に乗る仕事のこと。「将来,その仕事をする人になろう」と,勉強をはじめたわけです。

で,今はその仕事(職業相談)で,給料をもらってどうにか生きています。でもまだまだ,私の新しい仕事は,発展途上の状態です。もちろん,ひとりの相談者としては,一定の経験を積んで,依頼者のお役に立てるようになったとは思います。でも,この分野で確立したポジションなどがあるわけではない。そういう意味で,「まだまだ」です。

だから,今も「将来,どうしよう」としょっちゅう考えます。

この分野の仕事を続けていくつもりですが,しかし「将来」は今とは別の場所で,またちがったかたちで働いているのではないかと思います。それを具体的にどうするか。どういう方向へふみだすか。そのために何をしたらよいのか。

私にはまだまだ考える「将来」があるわけです。

でも,これは一度失業して,一から出直しとなった私だけのことではないでしょう。
 
社会でのポジションが固まりきっていて,「将来」をあれこれ考える余地もない,などという人が,じっさいのところ世の中にどれだけいるか? いい年をして「将来何になる?」と考えてみることは,悪い冗談ではなく,誰にとっても意味があるのではないでしょうか。

(以上)

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