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2020年02月28日 (金) | Edit |
昨日、マンガ雑誌『モーニング』に掲載された「手塚治虫AI」を用いて制作されたという短編マンガ「ぱいどん」(前編)を読んだ。試みとしては、なかなかの出来栄えだった。

たしかに「今の時代に手塚治虫が生きていて、マンガを描いたらこんな感じかも」と思えるような。ただわずかに手触りや雰囲気はちがうとは思うが、それでも相当近いものになっているかと。

なお、私は少年時代は手塚マンガが好きで、かなり読んだ。「手塚治虫全集」全300巻プラスアルファにある作品の、半分くらいは読んでいると思う(つまり、手塚治虫についてはそれなりには知っているつもりだと言いたい)。

ただし、今回AIが担当したのは、マンガ制作のほんの一部だ。「プロット(物語のネタ・構成要素)のキーワード生成」と「キャラクターデザインの原案の生成」に限られている。その制作過程は、マンガ本編に付属する記事でくわしく紹介されていた。

つまり、つぎのような過程である。

まず、手塚作品(おもに1970年代のもの、「ブラック・ジャック」などが描かれた頃)のストーリーやキャラクターの顔を選択・整理してデータ入力する。つぎに、それをもとにAIが「物語を構成するキーワード」や「キャラの顔のデザイン画像」をアウトプットする。AIが動くためのデータの作成には、技術者のほかに手塚治虫の子息で映画監督の手塚真さんや、手塚プロダクションの人びとがたずさわった。

そして、AIが出力したものをクリエイターたちが取捨選択して描き直したり、物語として構成していったりする。ここでも手塚真さんが重要な役割を果たしたようだ。

さらにそうやってつくった設定や物語をもとに、脚本家がシナリオを書き、マンガ家がそのシナリオに基づく「ネーム」というマンガのコマ割や構図などの素案(絵コンテみたいなもの)をつくり、その「ネーム」に沿って、手塚プロダクション関係のマンガ家などからなる作画チームが絵を描いて…という流れだ。

要するに、ほとんど人間がつくっているのである。エンジニアのほか、手塚作品をよく理解するクリエイターたち大勢によってつくりあげた作品ということだ(このマンガの作者名は、「TEZUKA2020プロジェクト」となっている。手塚治虫AIではない)。雑誌側も「まだまだ『AIが描いた漫画』と呼べるものではありません」と断っている。

結局このマンガ制作でAIが行ったのは、「クリエイターの発想やイメージのきっかけとなる素材のアウトプット」ということだ。それに限定される。

しかし、「人間が考えるための素材やきっかけの提供」というのは、AIの典型的な使い方ではないだろうか。少なくとも当面可能なAIとはそういうものではないか。

でも、そんなふうに「何かを生み出すためのネタ出し」的なことを、ある程度コンピュータが担えるなんて、たいした技術の進歩だと思う。人間の能力を拡張・強化する「道具」としてのコンピュータが、さらに進化しているということだ。

そして、人間がコンピュータと一緒に働きはじめて何十年か経つけど、「コンピュータと働くこと」がさらに進化しつつあるということなのだろう。「アイデアの素材をコンピュータに訊く」ということ、つまり「コンピュータとネタを考える」ことが、これから一般的になるかもしれない。

その先駆は、おそらくコンピュータを使ったチェス競技だ。チェスのAIとチェス棋士がチームを組むと(正確にはチェス棋士がAIの支援を受けてチェスを指すと)、まさに「最強」になるのだそうだ。その場合、AIが提示する手を参考に人間がチェスを指していくのである(経済学者タイラー・コーエンの本で知った)。

つまり、AIという進化したコンピュータとうまく仕事ができれば、人間の能力や可能性はさらに大きなものになる。

そんなことを、今回の「手塚治虫AI」を使ったマンガであらためて感じました。

それにしても、最近は「AI美空ひばり」と称するCG画像と合成の歌声(やや気味が悪かった)もあったし、「AI○○」というのはいろいろつくられて一般化していくのだろうなあ。「AIビートルズ」「AIプレスリー」「AIピカソ」みたいなのが、本家の公認・非公認問わずたくさん出てくるのだろう。

それらにはかなり良いのものもあるだろうが、大部分はつまらないものになるはずだ。玉石混交の、過去の巨匠の幽霊みたいなコンテンツが世の中にあふれるということ。それはなんだか気持ち悪い。

(以上)
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