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2020年04月19日 (日) | Edit |
昨日、ある雑誌の編集者とライターの方々とお会いして、世界史における感染症について話をしました。特集記事の取材ということです。人類にとって感染症とは何か、世界史上の知っておくべき感染症の事例、新型コロナの問題から何がみえるか……そんなことについて1時間余りお話をしました。

場所は、我が家の近所のビルの一室を借りて。新型コロナのせいで最近は使っていない部屋です。いらしたお2人とは互いにマスクをして3~4m離れて、ということにしました。

昨日の東京地方は、取材の時刻には強い雨風のひどい天気。換気のため窓を大きく開けていたので、雨風が部屋にかなり吹き込んでくる。それでもどうにか集中してお話ができました。今日はいい天気だったので、昨日の取材も今日みたいな天気だったらよかったのに、と思いました。

「人類にとって感染症とは」ということですが、私は「感染症とは文明に必然的に伴う副作用のひとつ」だと思っています。そのことを、今回の新型コロナで再認識したといってもいいです。

この数十年ほど、「文明の発達によって感染症は撲滅できる」という楽観的な見方は有力でした。しかし、新型コロナの問題は、その見方に対して根本から修正を迫るものです。

このあたりのことを3000文字余りでまとめた記事を、別ブログ「そういち総研」にアップしましたので、ご一読いただければ幸いです。

感染症は文明の副作用←こちらをクリック

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この土日の外出は、昨日の取材のほかには、今日30分ほど近所の公園で散歩して、20分ほどスーパーで食料品を買ったというもの。これで数日はスーパーには行かない予定。あとは家にひきこもって、本を読んだり、ブログの記事を書いたり、夫婦でご飯を作って食べたり。今夜は生姜焼き定食。

テレビは報道系のものを多少みて、あとは映画の放送をちらちら観ていました。土曜日は「時をかける少女」、日曜は「ねらわれた学園」。どちらも最近亡くなった大林宣彦監督の作品ですね。高校時代にリアルタイムで観た、なつかしい映画。

土日の最後に、この記事を書いています。今日も我が家としては無事に過ごせたことに感謝。毎日毎日が大事だなあと実感しています。

なおもちろんですが、感染症が文明に必然的に伴うものだからといって、対処する術がないなどというのではありません。文明の副作用をなくすことはできなくても、文明のさまざまな道具や手段をつかって、その副作用を緩和することはできるはずです。

そこで大事なのは、「科学的に、なすべきことをきちんと行うこと」です。しかし、各国のリーダーのあいだには、ときに「科学的に問題に対処する」こと以外の何かを大事にする様子がみられないでしょうか?

中国では、感染拡大の初期に、当局による情報の隠蔽らしきことがありました。アメリカでは選挙を強く意識した大統領が、コロナウイルスの脅威について、自分の経済政策の成果に暗雲をなげかけるものとして当初は過小評価する言動をしました。そういうのをみていると「大丈夫か?」と思わざるを得ません。

そして日本では、さまざまな利害関係者や組織のあいだの「調整」に手間取って、あるいはリーダー自身の保身を気にしすぎて迷ってしまうのか、意思決定のペースが遅い傾向がみられます。きわめて日本的なかたちで「科学的に問題に対処する」こと以外の何かが幅を効かせているようです。非常に苛立ちを感じます。

(以上)
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