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2013年03月26日 (火) | Edit |
団地の桜

「自分で考えるための勉強法」の5回目。写真は,おととい撮影した,自宅の団地の前にある桜です。ウチの日めくりの暦にある,本日3月26日のことわざは,「花より団子」。

***

勉強していない人は,「何を言っているか」よりも
「誰が言っているか」を気にする。


勉強すると,目利きの美術商が骨董の鑑定をするように,いろんな情報や意見について,自分なりに「真贋」(ホンモノとニセモノ)や「良し悪し」を判断できるようになります。

勉強していない人は,情報や意見を言っている人の地位や肩書きで判断します。「何を言っているか」よりも,「誰が言っているか」を気にするのです。有力な人や好感の持てる人が言うことばかりに耳を傾けてしまう。

「弱者の意見こそが本物だ」という人もいますが,それも同じことです。結局は「誰が言っているか」で判断しているからです。
 
多くの人は,「何を言っているか」よりも「誰が言っているか」を重視します。そういう人に「誰が言っているか」ということを伏せて情報や意見を並べてみせたら,きっと,どれを選択していいかわからなくなるでしょう。それは食べ物でいえば,一流店の寿司とスーパーの寿司弁当を,自分の舌だけでは区別できないということです。

それでは,本当の仲間や友だちができません。仲間というのは,「意見や価値観を共有している」ということでできています。そのためには,相手の意見を味わって,他の意見と区別できるだけの感覚が必要です。

この感覚が鈍い人は,たとえばこんな会話をします。

「日本のサッカーは,決定力不足だよな」
「ていうか,シュートを決められる選手がいないんだよね」

このように同じ意見である場合でさえ,「ていうか」を使うのです。

そういう人は,「自分の意見」と「他人の意見」しか,区別がないのでしょう。他人が何か言ったら,その内容はどうでもよくて,とにかく「自分の意見とはちがう」ということになってしまうのでしょう。

これも,内容より「誰が言っているか」を優先しているのです。「誰が」の区分が,「自分」と「他人」のふたつしかないのです。そういうところから早く抜け出して,理解しあえる仲間をつくりましょう。

(第5回おわり,つづく)

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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
誰が言っているか
なるほど、「ていうか」には、「自分の意見と誰かの意見」を区別する意味があったのか。鋭い考察。
2013/03/28(Thu) 12:42 | URL  | 高橋信夫 #2Whs1QKo[ 編集]
「てゆうか」の本質には「自分の視点」を主張したい,ということがまずあると思います。なので「意見の区別」のほかにも,「視点や話題の転換」の際にも用いられます。「暑いね」「てゆうか,雨降りそうだし」みたいに…。「てゆうか」を多用する会話は,相手への共感や寄り添う感覚が弱いのです。
2013/03/28(Thu) 21:11 | URL  | そういち #-[ 編集]
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