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2013年04月15日 (月) | Edit |
「社会の変化はゆっくりになっている」シリーズ,5回目。

(前回まで)
社会の変化は,じつはゆっくりになっているのではないか。たとえば,ウルトラマンや仮面ライダーのような,古いキャラクターが,今も子どもたちの人気者であったりする。(第1回) 世界的にみても,たとえばポピュラー音楽のように,文化全般において新しいものが生まれなくなっているのではないか。 (第2回)

技術革新にしても,この数十年,どれだけの進歩があったのか。パソコンやインターネットをのぞく,身の回りのさまざまな文明の利器(冷蔵庫,テレビ,電話,自家用車など)も40~50年前には,先進国ではすでに普及していた。「近年における技術革新の停滞」を指摘する,タイラー・コーエンのような論者もいる。(第3回)

一方,「急激な技術革新に多くの人がついていけないことが,最近の混乱や停滞の原因」とする,ブリニョルフソンらのような見解もある。「活発な技術革新はこれからも続く」とする人たちの最大の根拠は,「これまでもそうだったから」という歴史への認識である。(第4回)

***

今回は,「活発な技術革新はこれからも続く。それはこれまでずっと続いてきたのだから」という見方を再検討してみます。それにしても,「世界史における技術革新の速度」などということが,わかるものでしょうか?客観的な・数量的なデータで話ができれば,すっきりするでしょう。

 「近年における技術革新の停滞」を主張するタイラー・コーエンは,その著書『大停滞』(原著2010年)のなかで,あるグラフを示して,自説のひとつの根拠にしています。

それが,以下の(上のほうにある)「近代における重要なイノベーションの件数」です。

ヒューブナーという研究者が,1400年代後半以降の重要な発明をピックアップし,その件数を「人口10億人あたり」に換算してグラフにしたものです(2005年)。これによれば,技術革新のペースは,1900年代以降,スローダウンしています。

このグラフは,タイラーの本のなかでも,とくに評判が悪いようです。「〈重要なイノベーション〉なんて,どういう基準で選ぶんだ?主観的じゃないか」と。

技術革新の速度のグラフ

じつは,ヒューブナーよりも何十年も前に,すでに同じような発想のグラフが描かれています。それがヒューブナーのグラフの下にある「過去7000年間の発明のペース」のグラフです。リリーという技術史の研究者が,『人類と機械の歴史』(岩波新書)という著書(原著1945年)で示したものです。
 
リリーもまた,世界史上におけるおもな発明と,その年代を調べあげました。そのうえで,それぞれの発明の「重要度」に応じて,ポイントをつけました。ポイントの高い発明が多くなされた,技術革新の活発な時期ほど,グラフの線は高い数値を示します。

ヒューブナーとのちがいは,まず,数千年にわたる超・長期を対象としていること。それから,グラフの線が「1900年代以降も急速な技術革新が続いている」ことを示している,という点です。

そして,このグラフも,評判が悪かったようです。というのは,『人類と機械の歴史』は,1965年に増補改訂版が出ているのですが,そこではこのグラフは削除されているからです。「主観的だ」といわれたのでしょう。

***
 
しかし,リリーのグラフは,20代のときにはじめてみて以来,私にはどうも捨てがたいのです。というのも,このグラフが示していることが,私がさまざまな本を通じて得てきた世界史の大まかなイメージに合致しているからです。

そのイメージとは,つぎのようなものです。 

「ずっと進歩が続いてきたのは,この数百年の,近代以降のこと。数千年の世界史をみわたせば,進歩や変化が何百年以上の長期にわたって停滞していた時代はあった」
 
「それも,近代以前の古い時代が全体として停滞していた,というのではない。この数千年のあいだには,(たとえば古代にも)比較的急速な進歩の時代もあれば,一方で,革新の少ない,停滞の時代もあった」
 

私がこのようなイメージを持つようになったのは,今から20年ほど前の,20代後半のころでした。意識的に世界史の本を読むようになって,しばらくたってからのことです。

当時の私が世界史の本を読んでいて「新鮮だ」と感じたことのひとつに,古代の文明レベルの高さがありました。

たとえばこんなことです。

今から2300年前の古代ギリシアで活躍した哲学者・アリストテレスの残した著作は,今の本にすると,数千~1万ページ分にもなります。それは,論理学,政治学,経済学,力学,天文学,生物学など,幅広い分野をあつかったぼう大な論文集です。そんな学者が,当時すでにいたのです。

2000年ほど前(西暦100年代)のローマ帝国では,720万平方キロの領域のなかに,のべ8万キロあまりの公道が整備されていました。石畳などで舗装された道路です。この「8万キロ」というのは,1900年代後半のアメリカ全土(940万平方キロ)における高速道路網の長さ(9万キロ弱)に匹敵します。

こういうことを知って,「このレベルを人類が明らかにのりこえたのは,近代に入ってからの,この数百年のことなのでは?」というイメージを持ったのです。

1600年代のガリレオやニュートンは,アリステレスの学問をのりこえる,新しい科学(古典力学)を築きました。近代科学以前には,アリストテレスは,学問の世界の圧倒的な権威でした。ということは,アリストテレス以降千数百年のあいだ,学問はたいして進歩していなかったのです。

学問がそうであれば,文明のさまざまな面が,停滞していたのではないか。

古代ローマの公道は,ローマ帝国が滅亡したのち,その一部は1600~1700年代になっても使われていました。ヨーロッパ人が,ローマ帝国を大きく超えるインフラを整備するようになったのは,1800年代以降のことです。

2000年前の水準を大きく超える文明は,近代になるまであらわれなかった。だとしたら,長い停滞の時代があったということだ……

さらに,「古代の文明はある時期に急速に発達して,高いレベルに達した」ということも,知りました。

たとえば,アリストテレスの時代から400~500年もさかのぼると,本格的な哲学や科学の論文は,世界のどこにも,まだあらわれていません。いろんな知識の集積はありますが,まだまだ「論理的」「学問的」ではないのです。それが,数百年ほどで「1万ページ」の論文を残す学者があらわれるまでになった。それだけ急速に学問が発達したということです。 

***

以上のようなイメージがあったので,リリーの「発明のペース」のグラフは,腑に落ちるところがありました。

リリーのグラフでは,「発明のペース」が高くなっている「波」が,3つあります。ひとつは,西暦1000年以降,とくに1500年以降の波。近代の技術革新です。これは多くの人が知っています。そして,「技術革新の波」というと,たいていの人はこれしか思いうかびません。

しかし,リリーによれば,「波」はほかにもあるのです。

そのひとつが,紀元前1000年ころから紀元1年ころまでのもの。2000~3000年前の波。これは,さきほど述べた古代ギリシアやローマ帝国の文明とかかわりがありそうです。

それから,紀元前5000年ころから紀元前3000年ころにかけても,「発明のペース」が高止まりしています。そして,紀元前3000年(5000年前)ころ以降,急速に落ち込んでいる。

紀元前4000年から3000年ころというのは,「文明のあけぼの」の時代です。「最古の文明」とされるメソポタミア文明やエジプト文明が開花したのは,このころです。紀元前3000年ころにおわった技術革新の波は,最古の文明を生んだのです。
 
***
  
リリーのグラフは,「世界史のなかには,長い停滞の時代もあった」「その一方,近代以前の古い時代にも,急速な進歩の時代があった」というイメージを,グラフで示していると思えます。

とはいえこのグラフは,「主観的」と批判されても,やはりしかたないでしょう。グラフのもとになる材料(重要な発明)を,自分で選択し,自分でポイントをつけているのですから。

こういうグラフをのりこえる,ちがう視点からのグラフは描けないものでしょうか。もう少し「主観的」でない,「世界史における技術革新のペース」をあらわすグラフ。次回はその話をしたいと思います。

(第5回おわり,つづく)
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コメント
この記事へのコメント
ちがう視点からのグラフは描けないものでしょうか。もう少し「主観的」でない,「世界史における技術革新のペース」をあらわすグラフ。
……なかなか難しいですね。誰もが認める技術革新の変遷を描けるものですね。
人口ですか?
2013/04/16(Tue) 21:50 | URL  | 前田一幸 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> ……なかなか難しいですね。誰もが認める技術革新の変遷を描けるものですね。人口ですか?
世界人口の変遷を数千年さかのぼれるなら,それもいいのですが,できません。たまにそれを示したグラフもみかけますが,推定に推定を重ねたものです。参考にはなりますが,私たちが歴史を考えるうえでの基礎にすえるわけにはいきません。たしかにむずかしいし,十分ではないかもしれませんが,別の方法で考えたいと思います。このシリーズの次回は,それについてです。
2013/04/17(Wed) 07:11 | URL  | そういち #-[ 編集]
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