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2013年04月28日 (日) | Edit |
「自分で考えるための勉強法」シリーズの11回目。
前回(4月24日),こんなことを述べました。

 勉強は,まず「何か」を選ばないといけない。つまり,「どんなことをしたいのか」「誰に学ぶのか」を決めるのである。とくに大事なのは「誰に学ぶか」ということ。特定の分野への関心は,特定の「誰か」の仕事にたいする感動からはじまる。その感動できる誰かが,あなたの「先生」である。何かを選ぶとは,先生を選ぶことだ。

今回はそのつづきです。


じかに教えてもらえなくても,
最高の先生をさがそう。


ここで「先生」というのは,あなたが「こんなふうに考えることのできる頭になりたい」と思える人です。「その思考のすべてを真似したくなる人」です。

でも,その人があなたにとって遠い世界の人だったら,どうすればいいでしょう? 
 
先生が高名な文化人や学者などであって,じかに教えを受けることが困難な場合は?

会えなくても,著作をくり返し読みましょう。講演会があれば,行きましょう。先生は,ひとつしかないあなたの頭をデザインするためのお手本です。「この人だ」と心から思える人を選びましょう。

じかに教えを受けることができなくたって,最高の先生をさがすことです。

担任の先生のように,あなたの身近にいてものを教えてくれる人はもちろん大切です。でも,根本的なものの考え方に関して,安易に「身近な先生」の言うとおりに自分の頭をデザインしてはいけません。

でもかなりの場合,「身近な先生」に情が移ってしまって,「最高の先生」が言っていることよりも,身近な先生の言うほうを尊重してしまうものです。学校でたまたま受け持ちになった先生や,会社の上司などを基準にものを考えてしまう。

身近な先生が駄目な人だと,「オレの言うことだけ聞いていればいいんだ」と言うはずです。自分が最高の先生を求めることなく,身近な先生だけを大切にして育ってきたからです。

もし,身近な先生がすぐれた人なら,「世の中にはすごい人がいるんだ,自分なんかを〈先生〉にしたら駄目だ」と言うでしょう。その人にはきっと最高の先生がいて,その大切さがわかっているのです。

私が高校生のとき出会った若い先生が,そんな人でした。その人は,高校の剣道部でコーチをしていたのですが,部活のミーティングでどういうわけか,哲学の講義を始めてしまう。それが,どの授業よりも面白かった。

身近な先生に素敵な人がいたら,「あなたの〈先生〉は誰だったのですか?」と聞いてみてください。傾倒している人や愛読書を聞くのです。

「身近な先生の先生」があなたにとっての「先生」になるかもしれません。私もそうやって,自分にとっての最高の先生をみつけたのです。

(第11回おわり,つづく)

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テーマ:勉強
ジャンル:学問・文化・芸術
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